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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

ディス オールド マン

プログラマのための練習曲

1

夜の街に降るはずだった雨は、この寒さで雪になってしまったようだった。
人材エージェント会社の営業を待っていた関口は、折りたたみ傘をさしていたが、風に巻き上げられた粉雪のいくつかは、彼の野暮ったいコートに吹き込んでしまう。
地下鉄の入り口から息せき切って営業の男がやってきた。時間ギリギリだ。

「急ぎましょう」
遅くなったのは自分のせいなのだが、彼は高そうな時計を一瞥すると早足に歩きだした。

「お電話でも言いましたが、どうも、難しいお客さんのようですから。関口さんも気をつけてください」
クライアントのオフィスに向かう道すがら、息を弾ませながら営業は言った。

どう気をつけろと言うんだ。関口は心の中で溜息をついた。
年度末の繁忙期に入ろうとしている中、大抵のエンジニアはすでに現場にアサインされていて、あぶれているのは自分のような40代以上のエンジニアなどの「訳あり」物件だけだ。

関口としては、今までの経歴を正直に話す以外にやりようがなかった。
汎用機を10年。業務アプリのVBVB.NETを8年、今回のサーバーサイドのJavaについては直近の2,3年ほどしか経験がない。

クライアントの会社に約束の時間ちょうどに着く。二人とも早足で歩いてきたので、コートを脱いだスーツの下はうっすら汗をかいているほどだった。

応接室に通される。営業は手慣れた様子で入り口に近い席に陣取ると、鞄からクリアフォルダに入った関口の職務経歴書を三部取り出して、一部をまだ来ていない顧客の席に滑り込ませる。

派遣であれ、請負であれ、現場に入れる人材を事前に面接することは本来法律で禁止されている。しかし、「面談」という形でこうしてクライアントの担当者が事前に経歴などをチェックするのは業界の「常識」であった。

5分ほど待たされて、応接室の扉が開いた。反射的に立ち上がった関口と営業が慇懃に頭を下げる。顔を上げると、襟付きのチェックシャツに暖かそうなセーターを羽織った男が立っていた。
太り気味で愛想はないが、どこかユーモラスな印象を与える外見で、関口は昔どこかでこんな顔を見たような気がした。

「PMの高山です」
と、その男はぶっきらぼうに言った。
高山は関口を一瞥することもなく、すぐに席につくと、クリアフォルダを手に取った。

「この度はお声がけいただき…」
営業が自分のペースを作ろうと、立ったまま挨拶をする。高山は職務経歴書から目を離さずに、手をこちらに向けた。「座って良い」ということらしい。
年は20代後半ほどだろうか。エンジニアとしては脂が乗り始めた頃だ。仕草に自信が満ち溢れていて、それがいちいち傲慢な印象を相手に与えてしまっているのだが、彼自身はそれに気づいていないようだ。まあ自分には関係のないことだ、と関口は思った。

「で、結局サーバーサイドのJavaの経験はこれだけですか?」
と、高山は顔を上げた。

「そうですね」
営業が少し困ったような笑顔をこしらえて言う。

「当然JUnitの経験はあるんですよね?」
問われた営業が、困り顔のまま関口のほうを向く、用語の意味がわからないのだ。
関口はようやく口を開くことができた。
「前の現場では一部で使っていましたね」

「ふーん。でも2年ほどなんですね。今回フロントエンドもあるんですが、JSやCSSの経験は?」
jQueryなら少し実装する機会がありました」
実際には、ほとんど他の若手のプログラマがやっていたのだが、彼が突然現場に来なくなってしまったので、見よう見まねで書いたことがあるだけだった。

「幸いこのプロジェクトも今だにjQueryなんですよ。全体的にレベルが低くて」
高山は笑うでもなく、試すような目で関口を見た。何が「今だに」なのか、どうレベルが低いのか関口にはわからなかったが、曖昧に笑っておく。

「もっと経験のある人はいないんでしょうね?」
反応が気に食わなかったのか、高山が営業に向かって言った。
「ええ、繁忙期ですので、これ以上の人材となると…かなり難しくなります」
困った顔で答える。

「まあPHPしか書いたことのない人を連れてこられても困りますしね」
冗談のつもりなのだろうか、軽い感じで高山は言った。誰も笑わなかった。しばらく沈黙が続いた。

「…いいですよ。とにかく人が足りないので。」
「そうですか!ありがとうございます」
大げさに営業が頭を下げる。
話は決まったようだ。こうなると後は、営業と高山の条件交渉だ。
関口は適当に礼を言うと、先に応接室を出た。

廊下にあるパテーションの向こうは開発現場だ。時計を見ると8時に近いが、それほど静かという感じもしなかった。まだ誰も帰っていないのかもしれない。

関口は営業との合流場所である近くの喫茶店に向かうべく、エレベーターに乗り込んだ。

2

最初の出社日、スーツでやってきた関口だが、現場では皆私服であった。
高山がやってきて、面倒そうに席に案内する。

「アカウントやメールの設定はそこの紙に書いてあります。開発環境はeclipseがインストール済みです。えっとInteliJとかじゃなくて良いですよね?」
「はい。大丈夫です」
実際はeclipse以外は触ったことがない。関口は鞄を置いて、19インチのディスプレイがつながったPCの電源を入れる。高山はそれを見届けると足早に自分のデスクに帰っていった。

起動を待っている間、周りを見回してみる。20代から40代まで幅広い年齢層のスタッフが無表情で画面に向かっていた。彼らの間に会話はなく、遠くで社員同士が雑談している声が聞こえるぐらいだ。

どうも自分の席のまわりも派遣や、請負の類なのだろう。現場にもよるが、彼らはたとえ同じ会社に所属していても業務時間中に仕事と関係のない会話をすることはあまりなかった。

PCにログインし、メールの設定をしていると、突然、隣に座っていた20代ほどの男が椅子をくるりとこちらに向けて頭を下げた。
「あの…よろしくお願いします。真田です。」
「関口です。社員の方ですか?」
念のため聞いておく。
「いえ、僕も派遣です。関口さんにプロジェクトを説明することになっているので、少しいいですか?」

真田はそれから、覚束ない操作で、時々確認しながら関口のPCのeclipseを操作して、プロジェクトのレポジトリをチェックアウトしてソースコードを展開した。
真田によると、開発は難航しているらしい。

「後でミーティングがありますから、具体的な作業はそこで」
「仕様書はないんですか?」
関口は言った。

最初の仕様書は共有サーバーにあります。ただ、Wikiがあって、最新の仕様はそこに書かれています」
真田はブラウザを操作して、プロジェクト管理に使っている社内のredmineサイトを開いた。
プロジェクトのWikiに高山が書いたらしい仕様のメモ書きやクラス図があり、他には、使用フレームワークやライブラリ、コーディング規約などが書いてあった。
まずはこれを読むことから始めないといけないようだ、と関口はサイトをブックマークした。

関口がeclipseの設定や、Wikiを読み込んでいると、まわりの人間がめいめい立ち上がり始めた。
「11時です。定例会議になります。」
キャンパスノートを手にした真田が小声で囁いた。

3

「このテストケースでカバレッジ100%いってるんですよね?」

高山は苛立ちを隠さない口調でその40代のプログラマーを詰問していた。

「まだ、100%ではないです…」
「っていうかさ、このテストケース、何を見て書いたの?仕様見たら、こんなテスト書かないよね普通」
「仕様に従ってるつもりです」
「じゃあさ、null渡したらどうなんの?今やってみる?」

高山はノートパソコンを操作して、テストケースを追加した。その様子は会議室の大きなTVにミラー表示されている。
テストはあっさりと例外を吐いて止まった。

「ね?仕様見てたらこういうテストが必要だってわからない?」
「すいません」

見るにたえない光景だった。自分とそう年の変わらないプログラマが、一回り年下の高山に罵倒されている。それも皆の前で。
関口は、まだソースコードも仕様もそれほど把握していないので、高山の糾弾が正当なものかは判断できなかった。
しかし、どれほどひどいコードを書こうとも、このような公開処刑めいた仕打ちを受けるほどのこととは思えなかった。

「何回目だと思ってんの?いい加減覚えてくださいよ!」
最後に高山が吐き捨てるように言った。
他のスタッフは、下を向いて何も言わない。糾弾されたプログラマも含めて彼らには一切表情というものがなかった。ただひたすら、嵐が過ぎ去るのを待っている。

「それで、関口さん。あなたの作業ですけど」
関口は、自分が呼ばれていることにしばらく気がつかなかった。
「会議の直前にredmineチケットにいれておきました。実装期間はひとまず、3日にしといたけど、ご覧の通りスケジュールが遅れ気味で、もうちょっと早く仕上げてくれると助かります」
「今日から開始ですか?」
「当たり前じゃないすか」
まだ、仕様もwikiも読んでいないのに、実装するのか。関口は戸惑った。
「それから、単体テストでのコードカバレッジも報告してくださいね。何故か100%じゃないのに完了ステータスにする人がいて困ってるんで」

4

会議が終わった。スタッフが無言で席に戻る。
redmineを確認すると自分の担当として3つほどのモジュールの実装が書いてあった。
今日一日で仕様を把握して、単体テストを書くのに1日かかるかどうか、実装の時間は1日少しというところか。
最初の作業としてはハードにも程がある設定だと思った。

「関口さん飯行きませんか?」
頭を抱えていると、真田に声をかけられた。後ろで派遣のスタッフたちが立ち上がって、伸びをしている。
会議での険悪な雰囲気は露ほどもなかった。どうやら皆、慣れているらしい。

「みんなで行くのかい?」
「ええ。もし苦手だったらいいですけど」
「いや、行くよ」

昼食は近くのショッピングモールのフードコートだった。カウンター席にプログラマ達がざっと横並びに座る。

「びっくりしたでしょ?会議」
30代の話した事のないプログラマが関口に声をかける。彼は弁当を持参してきている。
「ええ。厳しい人みたいですね」
「厳しいんじゃなくて、細かいんですよ」
「あれだけ言うんなら、自分で書けよって言いたくなるよな」
と違うプログラマが言った。

「ああいうのってどこで覚えるのかね?テストファーストとか、カバレッジがどうとかさ」
「ネットだろ」
「今の子はそうだねえ」
と糾弾されていた40代のプログラマがうどんをすすりながら言った。高山の罵倒が堪えた様子はないので、関口は内心安堵した。

「僕らの頃はさ、ほら、NECメインフレームだから。みんな先輩から教わったもんだけどね」
静かに40代は言った。

「まあどちらにせよ、俺らの契約更新はないだろうから気楽なもんだよ」
「どんどん切ってるからさ、うちの営業が出せるのはもう俺で最後だってさ。そのうち誰もいなくなるんじゃないの?」
「切っても、この時期じゃ、ロクなの残ってないだろ、もう」
と言ってから、今日現場に送り込まれた関口を見て、しまったという顔をした。苦笑するしかなかった。

「関口さんもメインフレーム触ってたんですか?」
真田がとりつくろうように関口に言った。
「そうだね。うちは富士通系だったけど…」
と口に出した途端、高山の顔が頭に浮かんだ。

そうか、思い出した。高山の顔は「坊や」に似ているんだ。

関口はかつて汎用機(メインフレーム)のプログラムをしていた頃のある新人を思い出していた。

5

就職氷河期に一人だけの新人が現場に入ってきた。愛嬌のある性格とぽっちゃりした外見で、大卒だが、まだ10代のようにも見えた。
関口や中堅のプログラマたちは彼を「坊や」と呼んだ。

「坊や」の仕事はテストだった。プログラミングも汎用機のこともわからない新人にさせる仕事はそれしかなかったのだ。

「坊や」はそれでも、テスト仕様書の手順通りに端末を操作して、実直にそのおもしろくもない業務をこなしていた。
彼には生来の明るさと好奇心があった。関口もメインフレームの説明書を彼の為に借りてきて、暇を見ては勉強につきあった。

「坊や」の飲み込みは早かった。半年もすると、テスト仕様書の作成もできるようになっていた。
このままいけば、2年後ぐらいには立派なプログラマになれるだろう。と関口は思ったし、皆からも期待されていた。

そんな時だ。エンドユーザーである銀行が統合することになった。
二つの異なるメインフレームを結ぶリンカーシステムの制作、3年後のシステム統合に向けての作業、無数の仕事が舞い込んできた。

ほぼ毎日終電近くまで残業した。残業代とボーナスで懐は潤ったが、心の余裕はなくなっていった。

割りを食ったのが「坊や」だった。皆がシステム統合に向けて奔走する中、彼もまた、テスト作業という形で奮闘していたが、もはや彼の勉強の面倒を見るものは誰もいなくなってしまった。

1年後、テスト作業を延々と繰り返していた「坊や」は無断欠勤を繰り返すようになった。関口は心配したが、目の前の仕事を片付けるのに精一杯だった。

ある深夜、関口の携帯に電話がかかってきた。「坊や」からだった。

「関口さん。すいません」
「大丈夫か?みんな心配してるぞ」
「僕、この仕事に向いてないみたいです」
電話の先の声はすっかり自信を失い、疲れ果てた人間のそれだった。

「そんなことはないだろう。飲み込み早いぞお前は」
「でももう駄目みたいです」
関口は何も返せなかった。思い出す度に腹立たしいが、その時、関口の頭にあったのは翌日こなさなければならないタスクのことだった。

「…ありがとうございました」
しばらくの沈黙の後、そう言い残して電話は切れた。

そして、それが関口と「坊や」の最後の会話だった。

6

この凄惨な現場にも少しは慣れてきた。
少なくとも、Wikiに書いてある仕様を書かれたままテストケースに落とし込み、コードカバレッジを100%にするという品質基準を満たせば、高山は納得してくれる、という風にコツがつかめてきた。

前にいた40代のプログラマは契約が終了したか、打ち切られたのか、いつの間にかいなくなってしまった。

高山は毎日のように派遣会社と「面談」している。だが、空いた席が埋まることはないようだった。

そのうち、結合テストがはじまった。高山は単体テストを徹底的にやっていたので自信満々のようだったが、実際に画面が出来てみると、様々なバグが発生した。

関口に言わせれば、それはそもそもの仕様の不備だったり、記述の矛盾があったりせいだと思うのだが、それでも高山は単体テストを書いた人間が悪いと信じて疑わないようだった。


ある日、関口にも矛先が巡ってきた。

「最終的に結合するのわかってたら、こんな設計になる筈ないじゃないですか?関口さん」

高山は連日の残業で血走り、焦燥感を漂わせるようになっていた。スケジュール遅延について、上から詰められているという噂も聞いていた。

この単体テストOKを出したのはあなたでしょう、と関口は言いそうになったが

「そうですね。すいません」

とだけ答えた。表情を浮かべないことには慣れている。

「結局、俺が書けばとっくに終わってたんじゃないすかね?これ?」

2ヶ月前に比べると、まばらになった会議室で、高山は誰に言うでもなく言った。

7

関口の契約が終了した。延長はされなかった。
プロジェクトの先は気になるが、おそらく大幅な遅延で完了するだろう。その時のPMが高山である保証はないが。

最後の出社を終えた後、関口は肩の荷がおりた心地で、夕食に牛丼チェーン店に入った。
そして開放感も手伝って、ビールを頼んだ。

牛丼をアテにビールを飲む。「自分でコードを書けば良かった」という高山の最後の言葉を思い出した。

PMの仕事はもちろんコードを書くことではない。しかし自分が書くように書かせることでもない。

そう、誰かが彼に教えることはなかったのだろうか?
関口は思った。おそらく誰も教えなかったのだろう。「坊や」のように誰も彼に教えなかったのだ。

そう考えると、高山も孤独で、哀れな存在のように思えた。

だが、自分には関係のないことだ。
「坊や」を見捨てたあの時から、自分は誰も救うことができない人間なのだ、と関口は考えていた。

ビールのジョッキが空になっていた。もう一杯、と思ったがやめた。

勘定をすませ、店を出る。

「ありがとうございました!」

ふと、その声に聞き覚えのある響きを感じて振り返ってしまう。

しかしそこには、見ず知らずの店員が立っているだけなのだった。

Webディレクターだけど、異世界の開発会社に転生した -後編-

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の続き

宣言(マニフェスト

夕方、王宮から帰ってきた僕たちを、魔術師たちが心配そうに見ている。

あと9日。仕様はかなり簡略化されたとはいえ、この世界の王宮魔術師たちのスキルは未知数だ。皆の深刻な顔を見れば、それでもこのプロジェクトはそう簡単なものではないようだ。

緊張感の漂う会議室で僕は口を開いた。

僕「…というわけで、仕事は減った。それに向こうの運用担当者とも良好(?)な関係を結ぶことが出来た。これで後は君たち次第なわけだが…」

魔術師達の顔が引き締まる。

僕「僕は安心している。少しばかりやり方を工夫する必要はあるけど、きっと残業はしなくてすむ。というよりしないで欲しい!」

魔術師たちがどよめく。どちらかというと戸惑っているような様子だった。ジャイムも不思議そうな顔で見ている。

僕「残業しても仕事が多くできるとは思わないで欲しい。むしろバグを作ったり、質の低いプログラムを書いてしまう。
だから、みんなの目標はちゃんと寝ること。注意深く、思慮深く、そして楽しんでプログラムを書くこと」

魔術師達は顔を見合わせた。それで大丈夫なのか、そんなことをして、もしプロジェクトが間に合わなければ…

僕「このプロジェクトに僕の首がかかっていることは皆知っていると思う。」

魔術師達が一斉に僕を見る。下を向いていたエイダがピクっと動いた。

僕「でも、心配しないで欲しい。もしプロジェクトが失敗した時は…
さっさと逃げるつもりだから!」

軽い感じで言った。魔術師達の間でどっと笑いが起こった。なんだそういうことか。と彼らの間で緊張が解ける。
ただ一人エイダだけは、笑っていない。僕の嘘を。僕が決してそんなことをしない人間だということを彼女だけは感じ取っているのだ。

僕「本格的には明日から始める。だから今日は皆帰って良し!」



魔術師達はゾロゾロと会議室を出ていった。
僕とジャムス、そしてエイダだけが会議室に残った。エイダの顔は相変わらず暗いままだ。

エイダ「きっとあなたがそう言うなら、大丈夫なんだろうけど…」

僕「どうだろうね。もしかすると、危ないかもしれないけど」

エイダ「っ!じゃあどうして残業するな、なんて言うの!逃げたって公爵やフリーダは地の果てまで追ってくるわよ!」

僕「もちろん逃げるつもりなんてないさ。ただ、今はできるだけ彼らにプレッシャーを与えたくないんだ。プレッシャーは仕事の大敵だからね」

理屈はわかるけど…エイダは下を向いてブツブツと言った。

僕「僕達だけが残って仕事するのを見せるのも無しだ。きっとそんな事をしたら、彼らも自然と残業するようになる。
だけど、僕らの仕事はきっと、業務時間中には終わらないだろう。こっそりどこかで仕事ができればいいんだが…」

ジャムス「それなら近くの『金色の馬亭』がいい。俺の馴染みの酒場兼宿屋だ。話を通せば部屋ぐらい確保できる」

僕「それはいい。じゃあ早速行こう。ジャムス案内を頼んだよ。」

僕達は仕様書の束をとって、会議室を出た。


あの…と、横から気弱な声をかけられた。見るとデザイナーのエルフが廊下でもじもじとしている。

エルフ「応募フォームのコーディングだけ先にやっておきました…必要になると思って」

僕「あ、ありがとう。助かるよ」

エルフ「…私が遅れたせいで、あなたが首を刎ねられるかもしれないから…」

僕「そんなことを心配してくれたんだね。大丈夫。きっと間に合うから」

僕は16歳ほどの外見をしたエルフの頭を撫でた。エルフが顔を赤らめる。

エイダ「あのさぁ…その子、あなたより年上よ」

僕「え」

エルフ「今年で36歳になります…」

僕は混乱した。

全力疾走(スプリント)

翌日の早朝から僕達3人は会議室に集まった。データベース設計や、フォーム応募処理など、先に仕上げなければならない設計は『金色の馬亭』で済ませてあった。

僕達は、そこから魔術師達に割り当てる作業(タスク)を小さな紙に書いて次々と会議室の黒板に貼り付けた。

出勤してきた魔術師達は黒板に大量に貼られた紙を見て驚いた。

僕「ここからそれぞれ好きなタスクを選んで欲しい。紙をとったら自分の名前を担当者として下に書いておくこと。
連携したいタスクがあったら担当者と直接相談してほしい。終わったら紙をそこの箱にいれてくれ。
取ってはみたものの、もしタスクが手に負えないと思ったら、僕たちに相談すること。」

黒板の端には、今回の一連の作業で出来上がるシステムで実現できる、ユーザーの一連の操作、シナリオのリストが書いてある。

僕「タスクが全て終わったら、シナリオは全て実現できる筈だ。実現したシナリオは×で消していく。最終的にはこれらのシナリオに全て×が書かれたら、君たちの仕事は終わりだ」

原始的なやり方だが、チケット、カンバン方式というわけだ。
最初は戸惑っていた魔術師達も、自分の力量に応じて、または楽しそうなタスクを自発的にとっていった。
ジャムスは張り切ってタスクを見渡して一番目立つタスクを他の魔術師を押しのけて得意げに確保していった。

エイダ「私は何をすればいいの?」

僕「エイダと僕は完了したタスクのチェックだ。コードを精査したり、単体でテストして、問題があれば担当者にフィードバックするんだ」

皆がバラバラに作業することになるので、僕は大魔法院のサーバーの一つにgitのbareレポジトリを用意した。タスクには名前が付けられているので、皆はそれぞれのfeatureブランチで作業を行い、コードレビューやテストが終わると、僕達がmasterブランチにマージするのだ。

開発は順調に続いた。
どうやら魔術師達はちゃんと帰っているようだ。個人差はあるが全般的に良質なコードだった。時にはこちらで想定していなかった例外や仕様の不備を指摘するメモが箱に入っていたりもした。
僕達は昼は会議室で、夜は『金色の馬亭』の質素な部屋で、コードレビューを行い、バグを見つけたり、未実装の部分の設計を練り直し、翌日黒板に張り出すタスクとシナリオをまとめていった。


数日後、魔法院の会議室に従者を連れてフリーダが入ってきた。

フリーダ「相変わらず、むさ苦しい場所ね」
とフリーダは手で顔を仰ぎながら言った。

エイダ「むさ苦しくて悪かったわね」
敵意をむき出しにして言う。

フリーダ「まあいいわ。で、呼び出した理由は何?」


僕「ひとまず出来上がっているシステムを確認してください」

フリーダ「まだ完全には出来上がっていないのでしょう?」

僕「はい。しかし、一部は出来ておりますので、確認を」

フリーダ「ふーん。何だか奇妙なやり方ね」

訝しがりながらフリーダはシステムを確認する。そして、ボタンの配置や運用者が間違えそうな操作を見つけると目ざとくそれを指摘した。
僕はそれらをメモすると、修正タスクとして黒板に貼り付けた。

フリーダ「この黒板は何なのですか?」

僕「いわば、仕事の割り振りをするものです。それよりも、こちらを見ていただけますか?」

とシナリオを見せる。仕様書よりも、運用者の手順を物語風に書いたシナリオは格段にわかりやすいのだ。

フリーダ「この、『義勇兵を途中で辞退した場合』の取扱は少し困りますわね。データベースから削除するのではなくて、一度使いの者に説得に向かわせる必要がありますから。一度『説得』ステータスにしてもらいたいところね」

僕は、すかさずシナリオを変更した。そんなの要求仕様にもなかったじゃない、とエイダが隣で憤慨している。

言いたい放題、修正指示をするとフリーダは帰っていった。


エイダ「こんなのを続けていくの?キリがないわよ」

僕「いいんだよ。どうせこういう作業は納品後に必要になる。それだったら作る前に修正できたほうがいいんだ」

エイダ「あなたって本当に無駄を嫌うのね。こんなの出来ていなくても責任を問われることはないわよ」

僕「君だって、仕様がひっくり返された時に悔しい思いをしたことはあるだろう?」

エイダ「何度もあるわよ!貴族や王族ってのはいつも勝手なことばっかり言うもの」

僕「僕もある。その度に、どうして設計の段階で言ってくれなかったんだろうって思うんだ」

エイダ「実際に画面が出来上がってなかったら、わからないのよね。あいつらって」

僕「専門家じゃないからね。だからこうして小まめにコミュニケーションをとるんだ。システム開発のほとんどはコミュニケーションで出来ているんだよ」

そんな事、考えもしなかったわ…エイダは誰に言うでもなく呟いた。


黒板のタスクの紙は、魔術師達が取っていっては、バグや、フリーダのワガママが発生する度に、補充されていったが、やがて消えるペースのほうが早くなり、今はまばらになっている。

シナリオには次々と終了の×印がついていく。会議室に入ってくる魔術師たちは、その黒板を何度も見返して、進捗が順調に動いていることを知り、満足そうな顔をした。

チームがどんどん一つになっていく。僕は、仕事の合間にそんな様子を目を細くして見ていた。
きっとこれこそが僕の望んだ世界なのかもしれない。感慨と疲労が僕を幸福なまどろみに誘っていく。

納期まであと2日、僕とエイダの睡眠時間も大分短くなっていた。
しかし、最後の結合テストや、設計の確認、やるべきことはまだまだあった。

今夜は徹夜かもしれないな。眠い頭で僕は思った。

納品(デリバリー)

管理画面のシステムテストを行っていたところまでは覚えている。
納品日の早朝、ささいなエラーメッセージの間違いを見つけた僕はそれをタスクとして書き出そうと、羽ペンをとりだした。

しかし、言葉が出てこなかった。あれ?僕は何を書こうとしていただろうか。
疲労の中、僕はしばし止まる。
小さくちぎられた羊皮紙の束、完了したタスクが満載された箱。
それらがぼんやりとした視界に包まれ、上から暗闇がやってきた。
そうか、眠いのか。そう言えば、しばらくロクに寝ていなかったな。
記憶はそこで途絶えた。



『金色の馬亭』の部屋で、僕は目を覚ました。窓からは傾いた日が指している。この部屋には朝日は入ってこない。
なら、今は…

僕「しまった!」

寝過ごしてしまったのだ。よりによって納品日の一番大事な時に眠ってしまった。今は何時だ。いやもう夕方になっている。
僕はすぐさま起き上がろうとした。

エイダ「慌てないの!納品作業なら私がやっといたわよ」

ぐいと押し下げられた。寝ている僕の顔をエイダが近くで見下ろしていた。
頭が温かく、柔らかいものに支えられていることに気づいた。


今、僕はエイダの膝の上で寝ているのだ。


僕「!」

エイダ「フリーダが言ってたわよ。ここまで使いやすいシステムは初めてだって」

エイダは満足そうに微笑んだ。一泡吹かせてやったような痛快な表情も浮かんでいるように思えた。
いや、そんなことより

僕「な、ななななんで膝枕!」

エイダ「なんでって…寝ているあなたを起こしに来たら、勝手に寄りかかってきたから」

僕「ご、ごごごごめん。すぐ起きるから」

エイダ「いいのいいの。寝てなさい。私もなんだかお母さんになったみたいでおもしろいから」

気まずい沈黙が続いた。


エイダ「きっと、あなたの世界ではみんな楽しく仕事しているのね」

窓の外を見ながらエイダが言った。外からは、日が沈むまで精一杯遊び続けようとする街の子どもたちの声が聞こえてくる。

僕「そうでもないよ。どちらかというと逆かな」

エイダ「どうして?あなたのやり方は全部間違っていなかったわ」

僕「上手くいかないことのほうが多かったよ。
あっちでは公爵様やフリーダみたいな物分りの良いクライアントもいなかったし、プログラマも人手不足で、タスクを作ってもちっとも追いつかない。上司の役割は主にプレッシャーを与えることで、僕達はずっと馬車馬のように走らされていた」


僕「僕は全部逆をやったんだ。正しいと思っていたことを。ただそれだけなんだ」

エイダ「でも、成功したわ」

僕「エイダと魔術師達のおかげだよ。それに運もあったかもしれない」

エイダ「そうね。運良く私に膝枕してもらってるものね」

僕「だ、だだだから、もう起きるよ!」

エイダ「いいのいいの」


部屋の扉が勢い良く開いた。ジャムスが飛び込んでくる。

ジャムス「おい!大変なことになった!って…」

僕らのほうを見て目を丸くする。

エイダ「ち、違うの!」

僕「そ、そう!」

僕らは跳ねるように飛び上がった。

ジャムス「邪魔じゃなけりゃよかったけどよ…そんなことより!」

ジャムスの血相が変わっている。何か深刻なことが起こったようだ。
もしや納品したシステムに何か問題があったのか。

想像して青くなった僕にジャムスが言った言葉は予想外のことだった。


ジャムス「イストリアの魔族連合が動き出した!
軍勢を集結させてこっちに向かってきている!すぐに戦になるぞ!」



「インフラエンジニアだけど、異世界の開発会社に転生した」に続く…のかな?

Webディレクターだけど、異世界の開発会社に転生した -中編-

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の続き

執政官(アドミニストレーター

翌日、僕とエイダとジャムスは、公爵の館に来ていた。

エイダ「あなたの言うとおり、私の伝手で向こうの執政官とは話を通したけど、どうするつもりなの?」

と、不安そうに言った。まだ何も成果物を上げていないのに、クライアントに乗り込んでその実務担当者を呼ぶ、という行為に戸惑いを覚えているようだ。
ジャムスは豪華な椅子の座り心地が悪いのか、モゾモゾと背中をずらしたりして居心地が悪そうにしている。

僕「これでいいんだよ。むしろ、こうしないと何も始まらない。それより、向こうの執政官というのは、どういう人なんだ?」

エイダ「…頭はいいけど、嫌味でいけ好かない奴よ。それにあいつは…」

小声で言いかけたところで、大広間の扉がゆっくりと開いた。一同に緊張が走る。

長槍を持った二人の従者がすばやく扉をくぐり抜けて、執政官を待ち受ける。
その間を悠然とした歩調でやって来たのは、意外にも細身の執務服に身を包んだ若い女性だった。

彼女は長い黒髪を揺らしながら我々とは反対側を歩いて、エイダを一瞥すると、意味ありげな微笑みを送った。ゾッとするほど美しく優雅な微笑みだった。
そしてそのまま、僕達と対面するように座る。
従者が両脇ですぐさま気をつけの姿勢をとって金属製のブーツがカチャリと音を立てた。

女性「公爵様の執政官を勤めております、フリーダと申します。お見知りおきを」

と、落ち着き払った口調で言った。

僕「お目にかかれまして光栄です」

フリーダ「久しぶりね、エイダ。魔法のお勉強は順調かしら?」

半ば僕を無視するようにフリーダはエイダを見据える。エイダの瞳は少し敵意をはらんでいるように見える。

エイダ「順調よ。今日は時間を作ってもらって悪かったわね」

フリーダ「どういたしまして。幼馴染のたってのお願いだもの。少しばかりの時間を割くぐらいはやってあげないとね」

と答える。どうも二人には過去に何かしら因縁があるようだ。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。


僕「今日は、公爵様の義勇兵応募フォームについて、お聞きしたいことがあって参りました」

フリーダ「そう?要求仕様書に全て書いたつもりだったけど、何か不足があったかしら」

その時に、初めて僕に気づいたような態度で、フリーダはわざとらしく驚いた様子を見せた。

僕「いえ、要求仕様書に問題はございません。少しご確認をさせていただきたかっただけです」

フリーダ「確認?それだけの為に?」

彼女の黒い瞳が冷たく光った。

僕「率直に申し上げますが、いささか実際の運用とかけ離れているのではないか、と思ったものですから」

冷たい瞳をしたままフリーダは優雅な微笑を浮かべた。僕という人間の力量を推し量ろうとしている。直感的に感じた。

フリーダ「例えばどういうところかしら?」

僕「応募者の振り分けをするところです。例えば、若すぎるもの、以前の徴兵に耐えられなかったものを除外する、というのは理解できます。しかし、ある特殊な入力した人物を取り扱う項目、ここが、かなり複雑な処理を必要としているようですが、その意味あいをお尋ねしたいのです。」


フリーダ「随分と遠慮のないこと!エイダは失礼な友人をお持ちのようね」

とエイダを見据える。エイダは伏し目がちにその視線から逃れようとしていた。

フリーダは満足そうに微笑むと、再び僕のほうを向いた。

フリーダ「それはね。傭兵の応募のことよ」


ジャムス「なんだって!義勇兵に金で雇われる兵が応募するのか!」

思わず声を上げる。フリーダが汚物を見るような目でジャムスを見た。エイダは手元をじっと見ている。



フリーダ「長らく戦乱が続いておりますのよ。いかに無知蒙昧な庶民と言えど、そう簡単に義勇兵が集まる保証はありませんわ」

僕「つまり、内々に金を払って、義勇兵を水増しする、ということですね」

遠慮せずに僕は言った。フリーダは不愉快そうに僕を見咎める。

フリーダ「正確には公爵様のご威光に預からんと自ら志願しているのです。ですが、こちらも報酬はお支払いたしますから、大きな意味の違いはありませんわね。」

と、一切の白々しさもなく言った。

僕「今まで、義勇兵の応募は、手動で行われてきましたね。」

フリーダ「ええ。城門の前に受付を置いてね」

僕「では、傭兵の応募に関しては、応募フォームを使用しないようにしてはいかがでしょうか?」

フリーダ「あら。何故そんなことをする必要があるのかしら?」

挑戦的な目つきが僕を捕らえていた。ここからは細心の注意が必要になる。僕は気を引き締めた。

僕「理由は二つあります。城門前の受付所は廃止されるわけではありません。未だPCやスマホを所有しておらぬ民もおりますので。
どちらにせよ、こうした応募の処理は手作業になりますので、傭兵の応募も手作業で行うことに問題はないかと思います。」

一呼吸入れる。

僕「そしてもう一つは、応募フォームを設置することで、受付所に人が集まらなくなります。
これは、公爵様のご威光に、良からぬ風評を与えるのではないでしょうか?
傭兵の一団が受付所に来るようにすれば、そのような懸念をする必要はなくなります。」

言い切った。僕はあくまで平静に、クライアントの利益を第一に考えているという顔を維持した。



フリーダ「…そして、あなた方の負担も軽くなる、というわけですわね?」

エイダ「!」

彼女にはすでにお見通しだったわけだ。
傭兵の募集を別扱いにし、データベースを賃金払いなどに利用する、という点は、要求された仕様の中で複雑で、最も大きなウェイトを占めていた。僕はその削減を図ろうとしたわけだが…

フリーダ「あなた方の魂胆は見え透いています。魔法使いというのは、いつも楽をしようとするのね」

僕はすかさずエイダにアイコンタクトを送った。エイダはすぐにそれに答えて、羊皮紙の束を取り出した。

エイダ「これが仕様書よ。傭兵の応募をサポートした場合のね」

フリーダの顔にありありと驚きの表情が浮かんだ。まだ発注して1日もたっていないというのに仕様書が出来上がっているのは意外だったようだ。僕とエイダが徹夜で仕上げたものだった。

エイダ「そして、これが傭兵の応募をサポートしなかった場合」

とエイダは仕様書の半分ほどを分けて、二つの山にし、少ない方の束を指差した。

エイダ「確かに。あなたの言うとおり、傭兵をサポートしないほうが私達は楽できる。でもそれはあなたも同じではない?」

システムは納品して終わりではない。それをチェックし、正常に動くかを検証するのは執政官であるフリーダの仕事になるのだ。仕様が薄くなれば、フリーダの負担もそれだけ減ることになる。さらに…

エイダ「あなたの要求仕様書の画面は今回初めて作るもの。つまりあなた側のスタッフは今回のシステムを運用したことがない。
だから、今回応募フォームを導入することで運用上のトラブルが発生するリスクもある」

フリーダ「確かに傭兵の応募処理は複雑な運用が必要になるわね。ミスも増えるかもしれません」

エイダ「傭兵は現金主義よ。電子決済でなく。金貨の袋をリーダーに与えて、あとは彼らに任せたほうが上手くいく」

フリーダ「それに私達も楽ができる、そう言いたいのね?」

エイダは静かに頷いた。

長い沈黙が続いた。フリーダは羊皮紙をめくって、凄まじい速さで仕様書を読み込んでいく。

ふとその手が止まった。



フリーダ「いいわ。傭兵の応募処理は従来通りにいたしましょう。城門前の受付所に傭兵たちが群がる必要もあるようだし」

そして少ないほうの仕様書の束を手に取った。

フリーダ「エイダはいいパートナーを持ったわね。少しばかり小賢しいけれど」

つまらなさそうな顔をして言った。
エイダの顔が真っ赤に染まる。空気になっていたジャムスが含み笑いをした。

帰り道(プロムナード)

エイダ「もーどうなることかと思ったわよ!」

公爵の館からの帰り道、王都の石畳の道を歩きながら、緊張がほどけたエイダが言った。

僕「そうだね。思ったよりも鋭い人だった。あんなに若くて…」

エイダ「若くて?何?」

僕「い、いやなんでもない」

ジャムス「しかし、良かったな。これで大分実装の負担が減る。あと9日だが、なんとかなるかもしれないな」

わざと大声を上げて、険悪な空気を消そうとした。

ジャイム「ここからは俺たちの仕事だな。まあ最後の3日ぐらいは徹夜になるだろうが…」

僕「いや。徹夜はもうなしだ」

エイダ「どういうこと?」

僕「仕様はまだまだ削れる。それにシステムの使い勝手だってそれほどよくない。」

エイダ「まだ仕様を変更するっていうの?あんなにがんばって作ったのに」

僕「仕様は設計だ。設計は何度かやり直したほうがいい。実装をやり直すよりずっと早い。」

エイダ「でも、フリーダは仕様書を承認したわよ」

僕「何度でも確認してもらうのさ。システムの使い勝手と運用ミスを減らすためだ。協力してもらう」

エイダ「ちょっと待って!フリーダとまた会うの!?」

僕「そうだよ。できれば、あと二回は打ち合わせしたい。ああ、その時は試作品ができていればいいね」

エイダ「それはいいけど。二回もあの、嫌味な女と会わなきゃいけないっていうの?」

僕「?いや、エイダが嫌なら僕だけが行っても問題ないけど」

エイダ「そっちのほうが問題よ!」

僕達の背中が夕日に照らされて3つの影を作る。

王都は夜の帳に包まれようとしている。しかし、僕達の仕事はここからはじまるのだ。

「作る」こと「語る」こと、その呪い

随想

昔の恋人に名を呼ばれたような気がして、目が覚めた。

彼女は時々夢の中に現れる。
そうした時はとても暖かく、いい夢だったと感じる。
おそらくは彼女は既に自分と統合されて内なる神となっていて、私はそれを「アニマ」という聞きかじった言葉で呼んでいるけれど、心理学上の定義はともかくとして、彼女の出現は私の精神に、ある歯止めをかけているようには感じている。

こういう夜にしか書けないことがあるような気がしたので、特に何も考えずに書く。

語ること

最近プログラミングや自分のプログラマ人生の周辺について「語る」ことが多くなった。

そういえば音楽を辞めかけていた時も、私はよく音楽を「語って」いた。

誰かに聞いたのか、自分で考えたのかを忘れたが「洞察は絶望から生まれる」という言葉があって、つまりはそういうことだと思っている。


物を作ったことがない大部分の人間は知らないことだが、何かを作るということは自分に呪いをかけるようなものだ。

集団の中で、「何か」が必要になった時、誰かがそれを買ってきたり、どこから取ってきたりするのではなく「作る」と言ったなら、彼はその呪いにかかっている。
それも大抵の場合、彼自身が自ら望んで呪いにかかったのだ。

「作る」ことを諦めるのは、たやすいと感じるかもしれない。音楽なら、ギターなりアンプなりを捨てて、一生そのことを考えなければ良いのだ。

だが、「作る」ということは完全に自発的な衝動ではない。誰かの「必要」があれば、どうしてもその隙間に自分の作った物を詰め込みたくなる。
ギターやアンプがないのなら、どこからでも取ってきて、「作る」という衝動が心を突き動かしてしまう。
偉そうに言えば、それがクリエイターというもので、その呪いはおそらく一生続く。

一方、「作る」ことが出来なくなることもある。自分が生きるために、家族を養うために、物理的に作る時間が奪われたなら、もはや「作る」という選択肢は彼には残っていない。

そんな時に、人は「語る」のだ。自分が作っていたものや、自分に影響を与えたもの、自分の人生そのものを饒舌に語るようになる。

呪いはそういう「言葉」になって最後の火を燃やす。

もはや語るべき言葉もなくなった時、あるいは本当の意味で呪いは解けるのかもしれない。

私はまだそこに至ってはいない。そして、おそらくその時は、私の全ては意味を失うのだろうという予感がある。

語らないこと

確か21世紀になった頃だと思うが、私の音楽のキャリアの最後、組んでいたバンドが終わってしまうことが決定的になった頃、
大晦日に私と最後に残ったメンバーのTが、一人暮らしの私の家で炬燵に入って、ぼうっとテレビを見ていた。

まだ、大晦日に音楽のヒットチャートを流す時代だった。私たちは次々と流れる去年のヒット曲を聴き、それについて何かしら意見を言ったり、知っている知識を披露しあっていた。ひどい曲が流れた時は、どちらからともなくTVをミュート(消音)した。

ふと沈黙の時間があった。こんなことをしていてどうなるのか、という空しさを覚えたのかもしれない。

私はバンドの話し合いがあった時、メンバーに向かって「君らを信用してはいない」と言ったことを思い出した。どういう文脈でそう言ったのかは覚えていない。だが、まともな曲ができないのは自分のせいではない、という意識があったのは事実だった。

メンバーの一人がそれに激昂して「ならこのまま続ける必要もないな」と怒鳴った。私はその剣幕に驚いて言い訳めいたことを呟いたが、彼はそれに納得することはなかった。

私はあの時に何を語ったのだろうか、と思い返す。多分、何も意味のあることは言っていなかった。だから、問題はそこではないのだろう。
ただ、私の言葉には「形式」がなかった。簡単に言えば「言い方が悪かった」だけだ。

ふと、ミュートされたTVに向かって缶チューハイを飲んでいるTを見た。
彼は私の言葉に怒るでもなく、それでメンバーが去っていっても非難することもなかった。ただ「冷静じゃなかったな」と、後に言った。



その頃に二人だけで作った未完成の曲が残っている。Tのボーカルはピッチが外れたままで、Tのギターと私のシンセとドラムマシンループだけのシンプルな曲だが、確かにあの時間を切り取っているように思える。
それは私たちがまだ、その時に語るべき言葉を持っていなかった証のように思えて、その曲を聴く度、私は少し嬉しくなるのだった。

語れないこと

恋人が出て行ってしまった夜、ベットに寝ていた私は、そこから見えるキッチンに向かう電球色の廊下を見ている。

小さなコンポからサニーデイサービスの曲が流れていて、私は、この素晴らしい世界から永遠に追放されたのだと、悟った。

私は立ち上がり、コンポのスイッチを切ると、深夜の街に出て、歩き始めた。

大学を辞め、職を得た。「作る」ことは止めなかったのは、ちょっとした意地だったのかもしれない。


ある日、職場から帰った私はネットラジオを聴いていた。何かの曲が私の心を突き動かした。

何故かその時、気づいたのだった。心の中で、自分が、あの素晴らしい世界に帰る道がまだどこかに残されていると考えていたことに。

私は零細企業のしがないプログラマだった。そんな道はとっくの昔になくなってしまっているのだ。

私は立ち上がり、ヘッドフォンをつけたまま目を閉じてクルクルと回った。涙があふれ出るのも構わなかった。


これらの事については、私は未だに語るべき言葉を持たない。何かの幸運でこれらが語れるようになるか、もしくは何かほかのもので、この記憶を表現する「形式」を発見するのかもしれない。

記憶と違って、感情は維持できない。だから私たちは語る。語れないのなら適した「形式」を見つけていないのだ。

呪いは一生続く。

「形式」を見つけられる程度に、それが長いことを私は願っている。

Webディレクターだけど、異世界の開発会社に転生した -前編-

なろう小説

megamouth.hateblo.jp

の続き

炎上(バーストダウン)

マクシミリアン公爵の執務室で、その哀れなエルフは震える手で羊皮紙を、公爵の座る重厚なテーブルに載せた。

公爵「ふむ、これが義勇兵募集キャンペーンページの修正後のデザインというわけか」

デザイナーであるエルフは力なく頷いた。美しかった純白の髪には艶がなく、顔からは生気が失せている。

公爵「・・・なんか違うのだよ。こう、ガーとした力強さが足りないというか・・・」

そんなエルフの様子を一瞥することもなく公爵は言い放った。

エルフ「・・・」

エルフはもはや反射的に頷き返すのみで、それに対して何の弁明もできないようであった。いや、弁明する気力もない、といったところだろうか。

公爵「しかし、あまり残された日もないことだしな・・・これで良い」

エルフ「!」

エルフの顔に驚きと、安堵の表情が浮かび上がった。そしてそれは同時に張り詰めていた彼女の糸を断ち切ったようだった。
ヒュイという奇妙な息を吐いたかと思うと、彼女の体はそのまま床に崩れ落ちてしまった。

ジャムス「大丈夫か!?」

僕とジャムスがエルフに駆け寄る。彼女は息も絶え絶えに執務室の床にその身を横たえようとしている。慌ててジャムスがエルフを担ぎ込む。

公爵「それで、今回のキャンペーンページについてなんだが。デザインはこれで良い。だが・・・」

彼の視線は、ジャムスがエルフを助け起こそうとしている光景をさっと過ぎると、僕に据えられた。

公爵「キャンページページからそのまま応募できたほうが何かと便利だと思うのだ。ささっと応募フォームを追加してもらいたい」

ジャムス「!」

ジャムスの顔に困惑が広がった。プロジェクトリーダーであるエイダは、大魔法院の会議でこの場にはいない。そんな重要な事を代理である僕しかいないところで決めさせようとしているのだ。


僕「・・・期限はいつ頃になりましょうか」

僕は冷静さを崩さず、あくまでうやうやしく、公爵に尋ねた。

公爵「キャンペーンの開始は3日後としておる。それまでに。ということになるか」

ジャムス「3日ですと!」

思わず声を上げる。なるほど、エイダを出席させなかったのはこれが狙いか、僕は公爵の魂胆に気づいた。
つまりは、宮廷での地位も高く、弁もたつエイダのいないところで、無理難題を通そうと思っているのだ。

少し思案して、僕は顔を上げた。

僕「公爵様は魔族との戦争で数多の功績がある方だと聞いております」

公爵「ほう、異世界人であるお前もそれぐらいのことは知っているようだな」

僕「しかし、戦場には『拙速』という言葉もございましょう」

公爵「なんだと?」

この下賤な異世界人が何か意見を言おうとしている、そんな気配を感じ取った公爵の目つきが険しくなった。それは驚くほど冷徹で残酷さを秘めた視線だった。
僕は怯まず続けた。

僕「公爵様のご尽力で、キャンペンページの見事な出来映えとなりました。いわば陣容は整ったといったところです。」

公爵「ふむ」

実際にはエルフの功績だが、公爵はまんざらでもなさそうである。

僕「キャンペーンページを公開した後、おそらく国民の義勇兵への志願の意気は大いにあがりましょう。
しかし、その『熱』がいかほどの物か、我々はまだ見ておりませぬ。いわば相手の陣容は未だ明かでない。と言えましょう」

公爵「むむ」

僕「凡庸な将軍であれば、義勇兵の志願者数などタカが知れております。そういった方のCPであれば、我々としても応募フォームの一つ二つ簡単に作り上げてみせますが・・・」

ここで、一呼吸あける。

僕「・・・恐れながら、公爵様のキャンペーンページは、こちらの想定を上回ると思われます!」

公爵「ほほ、そうか!」

僕「ならば、民の愛国の熱はそのままに、万全を期し、いったん『応募は○日後』として、日を空けるのも一興かと」

公爵「そのほうの言い分ももっともだ。民草の愛国の情を少し焦らすのも面白いかも知れぬ」

ジャムスは気を失ったエルフを背負って、僕のほうを呆れたように見ている。よくもそこまでおべんちゃらを言えるものだ、といった顔であった。

公爵はしばし思案していたが、顔を上げて言った。

公爵「ではキャンペーンページ公開の1週間後といったところでどうだ。今から10日後ということになるか」

僕「十分でございます」

公爵「しかし」

公爵の目が再び、厳しく僕を捕らえた。

公爵「いかに代理とはいえ、その言葉、大魔法神官(エイダのこと)が言ったものと考えて良いだろうな?」

ジャムス「そ、それは・・・」

僕「私は一介の研究員に過ぎませぬ。しかし、それでも大魔法院の末席に列する身。
二言はありません。もし出来ぬとあれば・・・」

公爵「?」

僕「その時は、我が首を差し出しましょう」

公爵「ははは」

公爵は破顔して、その豪快な笑い声を執務室に響き渡らせた。しかし、その目は変わらず冷徹にこちらに向けられている。

公爵「その方の言葉、確かに受け取った。良いな!10日後だぞ」

作戦会議(ブリーフィング)

魔法院にある、エイダの会議室には重苦しい空気が漂っていた。

ジャムスは苦虫をかみつぶしたような顔で黙り込み、他の神官たちも、要求仕様書を前に呆然としているようだった。

エルフは会議室の端に椅子を並べられ、その上で器用にグウグウと眠っていた。

バタンッ

会議室のドアが開いた。エイダだった。

エイダ「ちょっと!聞いたわよ!どういうこと!?」

僕「すまない。押し切られてしまった。僕の責任だ。」

僕はエイダに頭を下げて言った。

エイダ「そういう事じゃないわ!どういうことなのあなたの首を賭けるって!」

驚いて顔を上げると、エイダの透き通るような白い肌は怒りで真っ赤になっている。

エイダ「そんな馬鹿げた条件で仕事を受けるなんて!」

僕「何を言っているんだ。僕一人の責任になるだけなんだぞ」

エイダ「ふざけないでっ!あなたを失ったら私はっ」

僕「?」

何故、彼女がそんなに怒っているのか、よくわからない。戸惑ってジャイムのほうを見ると、意味ありげな顔でエイダと僕を交互に見ながらニヤニヤとしている。

エイダ「ま、まあそんなことはいいわっ!それでも10日なんてよくも無茶な条件を受け入れたものね。要件定義すら出来てないっていうのに」

僕「それが限界だったんだ。それに不可能なら、僕もこんな話を受けたりはしないよ」

エイダ「方法があるの?」

僕「なくはない。ただ、幾つか情報が欲しいのと、君のコネを使って、色々とやってほしいことがある」

エイダ「何だってやるわよ!あなたって本当にどうしようもない奴ね!」

彼女は相変わらず怒っているようだが、その表情は幾分か和らいでいるように見える。

そんなに怒られなくて良かった。僕はとりあえず思った。

続き↓
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プログラマの奇妙な待遇

むしゃくしゃしてやった

クソ雑魚フリーWebエンジニアである私は、求人サイトが見るのが好きである。

自分のスキルや経験を登録しておくと、中年の私にさえスカウトオファーが来るし、そこで提示される最高年収を見てほくそ笑んだり、たちの悪そうな人買い企業がユーザー企業に常駐させるプログラマをかき集めようとあの手この手で自社の魅力を訴えてくるのは微笑ましい。
昔は冷やかしで面接にまで行ったりしたものだが、よほどの好条件が提示されない限り就職する気はないので、最近はさすがに自重している。

そういう悪趣味を通して知ったことだが、プログラマの募集要項において以下のような記載が増えてきている。

  • 2台以上のディスプレイ支給
  • ハイスペックPC使用可
  • 開発はGitHub、CircleCIなどの最新の開発環境を用意
  • バランスボールに座って仕事しています!

などである。

しかしこれは奇妙なことに思える。

バランスボールはともかくとして、プログラマのデスクにどんなPC環境があろうが、開発体制がどうなっていようが、それは会社側の設備投資やワークフローの問題であって、プログラマの「待遇」とは言えないからだ。

例えば同様にPC環境や開発体制によって生産性が左右されるであろう、CADオペーレーターやデザイナーの募集要項に、このような記載がなされているのをあまり見たことがない。

この事から、プログラマというのは何やらモダンな環境を提示しないと集まらない、と企業は考えていることがわかる。

プログラマの待遇と給与

「待遇」というのは本来「給与」によって大半が決まるものだ。

正社員のプログラマの給与は、実のところそれほど高いわけではない。せいぜい、その会社の課長クラスと同じか、それより若干低い程度である。

それでも十分高いじゃないか、という声も聞こえてくるが、プログラマという特殊な職能と労働市場が決めていることなので、これはどうしようもないことである。
それに彼らは社内力学における「出世」というのをほとんどしないし、望んでもいないので、生涯賃金の期待値という意味で、それほど恵まれているわけではない、と言い訳しておく。

また派遣や、偽装請負などでやってくるプログラマの単価は高いので、そちらはさぞ沢山貰っているのだろう、と思う人がいるかもしれない。
だが、この単価には派遣会社などのマージンや、違法な多重派遣により、様々な会社が中抜きしている分が含まれており、末端のプログラマに渡るのは案外妥当な額になっているものだ。
(立ち回り方次第では、それらの中抜きをすっ飛ばすこともできるので、提示された単価を丸々懐に入れることも可能ではある。が、それは諸々のリスクと引き換えであって、契約内容によっては面倒なことになるので、私はあまりしない。なので実態はよくわからない)

スキルと給与

問題は、プログラマの「給与」がそのスキルとはたいして比例しないということである。

スキル向上に興味がなく、管理画面のページごとにPHPをベタ書きするような生産性が低いプログラマと、フレームワークを自在に使いこなし、一人でサーバー運用まで出来てしまうようなフルスタックなエンジニアの給与の差はせいぜい4~8万円程度、年収にして100万円前後だ。

プログラマの想像に反して、スキルがすごく高いので、年収1000万ぐらいもらっているという正社員のプログラマはほとんどいない。

普通、それぐらい貰おうと思えば、CTOなど、マネジメントも兼任するプレイングマネジャーのような立場にならなければならず、そうなると役員待遇で残業代も出ない長時間労働を強いられる事も多いので、まっぴらごめんだという人も多い。

シリコンバレーの企業のように、そのスキルに応じて、純粋にプログラミングだけをしているだけの社員が、高額の給与を得ているという例は、日本ではほとんど有り得ないのだ。

給与と付加価値

労働者の「給与」がどのようなメカニズムで決まるのか、経済学者でない私に迂闊なことは言えないが、少なくとも、プログラマーが作り出す「付加価値」が関係していることは確かだろう。

会社が稼ぎだす全体の付加価値はビジネスモデルであったり、営業力であったり、組織力によって作られる。

プログラミングによって構築されるITシステムがその会社の付加価値にどれほどの影響を与えるのか、というのは、ほとんどの場合、プログラマが決めることはできないし、ましてや最新のフレームワークや保守性の高いシステムを構築したところでそれほど付加価値が増大するわけではない。

プログラマには最低限、現状の組織に合致したITシステムを構築して多少の「効率化」ができればいいとされていて、その「効率化」した分と、労働市場の動向がプログラマの給与を決定していると言える。

そしてそれは、シリコンバレーと比較して惨めになるほど低い。

言い換えれば、日本の企業がシリコンバレーのそれと比較して低い付加価値しか生み出していないということでもある。

プログラマの待遇

以上の事情で、ほとんどの会社にとって、ITシステムが稼ぎ出す付加価値が低いために、プログラマの「給与」をそれほど上げることができない。無い袖は振れないということだ。

しかしどうせ採用するならスキルの高い、優秀なプログラマが欲しい。

ここで、一番最初の「奇妙な」待遇の話がでてくる。

つまりは募集要項を通じて、スキルの高いプログラマが喜びそうな「玩具」を提示して、「給与」で報いることのできない「待遇」を補完しているのである。

企業に、これらの「玩具」を募集要項に書いて釣れば良いと入れ知恵したのが誰かは知らない(どうせ求人サイトの営業あたりだろう)が、それらは明らかにGoogleFacebookなどのシリコンバレーの勝ち組企業から拝借されている。あちらではバランスボールに座って仕事することがCoolなんですよ、と。

しかし、それらを提示している会社の生産性がGoogleFacebookと比較してどうなのか、と考えれば、随分とプログラマだけに不相応な事を言っているものだという印象がある。


そもそも、日本はITシステムによる生産性の向上が国際比較で低い、とも言われる。

ITシステムが出来ること、つまりはシステム化によって全体の付加価値を増大させる余地は諸外国と較べてずっと大きいのである。
スキルの高いエンジニア。それも視野の広いアーキテクトがいるなら、ビジネスモデル全体を見直し、「IT化」によって会社の生産性や収益を根本から上げることも可能かもしれない。

しかし、それは往々にして、既存のビジネスモデルや組織の論理を破壊してしまうので、経営者はそんなシステムを歓迎しないし、それを実行させる権限をプログラマやアーキテクトに与えることもない。

なので、インハウスのプログラマは、今日もそれほど付加価値をもたらさないし、制作スキルも必要のないローカルな営業管理システムを作り続けることになっている。給与はそのままで。


いつの日か募集要項に、子供じみたPC環境の自慢や開発環境の提示がなくなったその時、初めてプログラマはそのスキルや視野の広さによって評価されるのかもしれない。

だが、その日はいつになっても来そうにはない。

かくして私は通知を止めた。今月の懺悔

定点

ようやく、懺悔の時がやってきました。
今月は本当に調子が悪かった。どうも文章に納得がいかないことが多く、もがいていた訳ですが、
アクセス数とか、反響的には、今月のエントリが一番すごかった、というのがなんとも皮肉な印象です。

「なぜプログラマはあなたの事が嫌いなのか」の反響

多分buzzり方的には、以前の「業務改善がうんたら」以上のものがありました。
私は、スマフォにはてブとtwiiterアプリをいれて、通知をONにしているのですが、
一日中スマフォが震え続けるので、その日は全く仕事になりませんで、最終的には全部通知を切る羽目になりました。

あんまり関係ないんですが、私戸川純が好きで、ライブにこっそり行って後ろのほうから「純ちゃんー!」と叫んだりしてる
わりと気持ち悪いおじさんなわけですけど、戸川純の35周年(!)のインタビューで、その歌詞についてこういう一節がありました。

books.rakuten.co.jp

www.cinra.net

もし問題提起をして、答えも出していたら、それは主張になっちゃうじゃないですか?

私はよっぽどのことがない限り主張はしないんですよ。さっきみたいに「かな」でとどめておくタイプなんですよね。だって、人生とか人間とか、正直この歳になってもまだまだわからないことだらけだから。わかった気になっちゃいけないとも思うし。


これ読んで私ちょっと、ショックを受けまして。ああそりゃそうだな。と。
私みたいなクソ雑魚ナメクジエンジニアが何らかの結論とかを出しても、結局は経営者が何とかしろ的な「主張」しかできないわけですよ。

文章的に物足りない時は、つい取ってつけた「主張」をやってしまうんですが、私それほど視点が高いわけじゃないし、いつもなんだか、最後が嘘くさい、居心地の悪い気持ち文章になるのはこれが原因か、と。

というわけで、あのエントリについては、奇妙な翻訳文体で、出来る限り視点を並行に飛ばして、
客観的ではあるけれど、あくまで遠くから「現実」だけを書いたわけで、
それがある意味、普遍性を持った要因かな、と思っています。


ブクマやtwitterの反応を見ると、一番多かったのは「わかるわかる」的な反応でした。
あとFacebookのシェア数がエグいことになっているのは、
営業やマネジメントをやってるはてなー以外の人に「これが俺たちの現実だ。お前も見ろや」と
お勧めしてくれた方が多かったということだと思うわけで、これはもう文章としては一番幸せなことでした。

とりあえず、様々な反応については、プログラマも営業も、マネジャーも経営者も、あれを読んで、じゃあどうしたらいいのか、というのをそれぞれが考えていただければ、というのが作者の思いです。

ピープルウェア、文章修行について

今月も、幾つかbooks&apps御中のほうに寄稿させていただきました。

blog.tinect.jp

blog.tinect.jp

このうち前者の記事を書き終わった時に、「そういや、デマルコの『ゆとりの法則』とかいう本があったな」と思い、家を探したのですが、見つからず。
ありゃ買ってなかったか、とamazonを開いたら、10年前に買ってる、って表示が出てるんですよ。

どうも、売り払って酒代にしてしまったようでした。書い直すのもバカバカしい気がしたので、図書館に行って借りてこようとしたのですが、
生憎、貸出中で「ピープルウェア」しかありませんでした。これも、買って読んで売り払ってしまった本なのですが、せっかくなので再読しました。

books.rakuten.co.jp


例のエントリが「ピープルウェア」の影響を主にその文体に受けていたのはそれが原因です。
正直、私のエントリを読んで、フンガフンガするぐらいなら、素直にこちらを読んでいただいたほうが、世のためになると思いますので、マネージャーや経営者の方は是非ご一読ください。

あと、同時に目についた、こちらの本も借りてきたのですが、

item.rakuten.co.jp


これ本当に名著で、実に全ブロガー必見の、良い文章を書くコツ(特に短くまとめるコツ)が詰まっている本で、
大変勉強になりました。

例のエントリ以降、このブログ読みやすくなったな、と思われている方がおられましたら、この本の影響ですので、
是非ご一読をお勧めします。


なんだか、宣伝ばかりになってしまった気がしますし、何も懺悔してないじゃないか、というエントリですが、
書く時に何も考えなくていいエントリは月一本のこれだけですので、何卒ご容赦いただければ。

それでは皆さま、来月もよろしくお願いします。


追記

つい出来心で、amazon貼り付けをしたところ、はてなのアフィIDが入るのが癪だったので、自分でアフィリエイトプログラムに申し込んだのですが、7分で却下された為、以降本サイトは、amazonへのリンクは極力なくし、またリンクに何のアフィIDも混入されないよう注意深く運用することといたしました。
以降、ネット広告に過敏な皆さまもご安心してクリックいただけます。

また、同時にPro版への切り替えを行い、はてなadsense広告も削除いたしましたので、広告ブロッカーを使用されていない方も安心してご利用いただけるようになりました。

以上の施策は、90%ほどはアフィプログラムにサイトを却下されたことによる腹立ちまぎれの行動となりますが、10%ほどは読者の皆様への感謝の気持ちの表れと解釈ください。今後とも当ブログをよろしくお願い致します。