megamouthの葬列

長い旅路の終わり

ブルー・ルームにようこそ

1

俺はもう何のゲームにも勝てないし、何の学校も卒業できないし、何の仕事も満足に終えることができない、ということがわかったのは、深夜残業の連続で脳が焼き尽くされて、大量のSSRIを噛み砕いた後だった。

生憎、自分を憐れんでクヨクヨするような性分ではない俺は、会社を辞めて、一日中アパートで寝転がってすごすことにした。君は天井の染みの数を数えたことがあるだろうか?31だ。29だと思っていた時期もあったが、今はそう確信している。

そうこうしているうちに、預金口座からは引き落とされるべき家賃もなくなって、管理会社からの督促も無視した結果、俺はアパートを追い出されることになった。

死んだ父親の代わりに保証人になっていた叔父は連絡を受けると、滞納している家賃や、家財その他の処分費をテキパキと支払って、明日から自分の職場に来い、とだけ言った。

叔父は地元の大学で研究者をしている。何の研究をしているかは知らなかった。
俺は「毎日通えるぐらいならちゃんと働いてるよ」と叔父に抗議したが、「研究室に寝泊まりすればいい」とにべもなく言い放たれて、返す言葉がなかった。


翌日、俺は歯ブラシやひげ剃りといった最小限の手回り品を持って叔父の研究室に行った。
まず驚いたのは、広いとは言えない研究室の一角に巨大な装置があることだった。部屋の大部分はその装置が占めていて、合間を縫うように、叔父が座る大きめのデスクや、乱雑に積まれた本と電子部品の山があった。

装置は四方を無愛想なグレイの鉄板で覆われており、ある面に中国の簡体字で装置の名前らしきものが書いてあった。
波とか量子とかそういう字が入っていた気がするが、読めなかった。ただ、その文字の一つ一つが青い明るい光を放っていて、乱雑な装置全体の投げやりな作りの中で、奇妙なこだわりに思えた。

叔父が言うには、装置にもたれかかるように置いてある1台の古いワークステーションだけが装置と接続されており、他の研究者が使えるように解放されているので、いつ誰が使ったかの記録を取ることと、たまに予約が入る時があるので、それを管理するのが俺の仕事ということだった。

仕事の内容についてはいい。だが、眠れそうな場所がどこにもない、というのはどういうことなのか。話が違う、と当然俺は抗議した。

「あいつの前で寝るといい。空冷式だから冬は暖かい」

と叔父は装置を指差した。寝袋は近くのガラクタの山の中に見つけた。ただ、問題があるとすれば、今は夏だ、ということだった。

2

仕事は大して忙しくはなかった。夏休み中の大学は閑散としていて、研究室の前の廊下を歩く者も少ないし、窓から見えるキャンパスの中庭でも人を見かけることはなく、夏の強い日差しで風景ごと朦朧としているように見えた。

時々、他の研究室から、生気の感じられない目をした院生や実験助手がやってきて、ワークステーションを操作していった。

俺はその度に、重厚な表紙のついた台帳を開いて、ボールペンで記録をとった。

紙で管理する必要はないし、実際のところ、一日の終わりに書いた内容を全てスプレッドシートにまとめていたのだが、俺はなんとなくこの方法が気に入っていた。

何をしているかわからない巨大な装置の前で、分厚い台帳に細かい文字を書き込んだり、予約の電話が入った時などに、受話器を肩にはさんでページをせわしなくめくったりするという行為は、何とも言えない風情があったのだ。

叔父は滅多にやって来なかった。何かの申請や事務仕事をする為だけに研究室に立ち寄って、論文は自宅で書いているようだった。
手持ち無沙汰な俺が、ワークステーションの利用状況を大まかに伝えても、生返事をするだけなので、それもやめてしまった。

夜になると、俺は研究室の鍵をかけて、2LDKのマンションに一人暮らしの叔父の家に立ち寄って、叔父の仕事の邪魔をしないように、シャワーと簡単な夕食を済ませた。そして、そのまま研究室に戻ると、装置の横で寝袋にくるまった。


中庭の照明が消えると、研究棟は暗闇に包まれる。
装置の簡体字が放つLEDの光が、この研究室だけを青い光で満たした。

俺はなんとなく、昔通ったクラブを思い出した。そのクラブは照明を青で統一していて、煙草の煙を吐き出すと、意志のない生き物のようにのたうつのだ。

"Blue Room"だな。
と、当時そこでよくかかっていた曲を俺は思い出した。
そしてThe Orbのダブ・サウンドが頭の中で流れるまま、眠った。

3

その女がやってきたのは、8月も終わりかけた頃だった。

院生や助手にしては見た目が若すぎたし、部屋に入ってくる所作にも落ち着きがなく、いかにもこの部屋とそこで行われている作業に慣れていない様子だった。

稀に、情報センターの端末が空いていないので、この研究室のワークステーションで就職活動のエントリーをしようと試みる学生がいたので、その類だと思った。

「これはネットにはつながってないよ」

と俺は両手は台帳に置いたまま、ワークステーションを顎で指して言った。

「いえ、その」

と女は、貸した部屋に傷がついていないか調べる大家のように丹念に研究室を見回していた。その視線はやがて、俺のところにやってきて、止まった。

短髪だが綺麗な髪だった。背は低いが顔も小さいので、それほどアンバランスな印象はしなかった。どちらかというと可愛らしい顔だったが、幼さを感じないのは、薄い青色の隈が、目を深い海に沈んでいるように暗くしているせいだろうか。

「ここにピアノのようなものはないでしょうか?」

「はあ?」

俺は思わずボールペンを手離した。

「どうしてそんな物を探してるんだ?」

「なぜだかわからないんですけど、少し前からどうしても弾きたくなって。ただ、私の寮の部屋にはありませんし、どこかの研究室ならあるかな、と思ったんです……」

全く困った事だ。と俺は思った。理系の研究室にピアノがある筈がない。ちょっと弾いてみたいなら楽器屋に行ってみれば済む話だ。だが、そうしないということは、「ちょっと」どころではなくピアノを弾きたいのかもしれない。

さらに困った事がある。この研究室には確かにピアノがあるのだ。
あの電子部品の山の中に、小型の電子ピアノが転がっているのを見た記憶があった。

俺はその事を彼女に伝えるべきか、迷った。彼女の視線を外して、無意味に台帳に記された自分の文字を追ってみるような事までした。

だが、再び顔を上げた時、彼女は困り顔でじっと俺を見つめていた。俺は負けた。負けることにした。

「玩具みたいのならあるよ、だけど、ちょっと、そのなんだ、『埋もれて』てね。音は出せない」

「そうなんですか!」

彼女の深く沈んだ瞳が、真夏の太陽が照らす水面に浮かび上がろうとしているように見えた。
ガラクタから電子ピアノを引っ張り出して、埃をはらって、
ほら、これだよ、持って帰っていいから気がすんだら返してくれよ。と言うべきだったかもしれない。

しかし、青い光が照らす夜の記憶と、彼女の瞳が俺を少しばかり狂わせていた。

「音を出せるようにしなきゃいけないから、明日もう一度来てくれないか?」

4

その夜、ガラクタの中から、比較的マシなスピーカーと、スタンドを見つけて、電子ピアノにつないだ。演奏する場所を確保するためにガラクタの山を整理するのが一苦労だった。

ひとまず、音が出るようになったので、試しに弾いてみると、安物の電子ピアノ特有の何の風情もない音色が鳴り響いた。
サティでも弾いてみようか、と思ったが、自然に動いた足がホールドペダルがないことに気づいてやめた。まったく無残なステージだった。

俺は灯りを消すと、寝袋にくるまった。
ピアノを置いたことで、俺の寝場所はさらに狭くなり、頭上にはX型のスタンドに載った安物の電子ピアノの背面があった。
何故かはわからないが、それは青い光の中で神々しい存在に見えた。


彼女は翌日の昼過ぎにやってきた。そして、セットアップされたピアノを見ると、わあと小さな歓声をあげた。

「ありがとうございます!」

「ホールドペダルもサスティンペダルもないから、まともな曲は弾けないと思うよ」

と俺は、台帳を見ながら冷たく言った。

「大丈夫です。弾いてみてもいいですか?」

「もちろん。ただ人が来たら、止めてもらうけど」

彼女の邪魔にならないように俺は台帳に目を落とした。

研究室に彼女の弾く旋律が鳴り響いた。普通のクラシックでもジャズでもなかった。バロック様式の曲のようだったが、俺の知っているどの曲でもなかった。と言っても俺が知っているバロックの作曲家はバッハしかいないし、その全てを知っているわけでもない。


30分ほど、演奏は続いた。その間、誰も研究室には来なかった。演奏を終えると、彼女はピアノの前ですうと深く息を吸ったように見えた。そして座ったままこちらを見て言った。

「また来てもいいですか?」

どうやら満足してくれたらしい。

「いいよ、人がいない時ならね」

と答えた。俺は彼女の演奏中、俺は台帳のページをめくって、ピアノの貸出記録を作っていた。腕時計を見て、日付と時刻を書き込む。

「何ていう曲を弾いていたの?」

と俺はわざと事務的な口調で尋ねた。

「即興なんです。ただ、昔の教会音楽で使われていたスケールで…スケールはわかります?」

短調とか長調とか?」

「そうです。さっきのはドリア旋法です。エフ・ドリアン」

俺は、台帳にF Dorianと書き込んだ。

5

それから彼女は定期的にやってきた。不思議とワークステーションの使用者とはかち合わなかった。静かな研究棟にピアノの音が響いているわけだから、苦情が来るのではないかと、俺は思ったが、それもなかった。

彼女はいつも即興の教会音楽を弾いた。彼女がどこでピアノを学んだのか、何故、バロックしか弾かないのか、それはわからなかった。ただ、俺は、彼女の弾いた旋法を記録していった。それはリディアンであったり、フリジアンであったりした。

雨の日だった。彼女はいつものように即興演奏を終えると、俺に言った。

「あなたは何故、ここにいるんですか?」

その日はいつもより優しく、感傷的な旋律であったように思った。

「どういう意味?」

「だってテクニシャン(実験助手)にも見えないし、音楽に詳しすぎますから」

俺は、台帳に目を落として言った。

「生きてれば、色々ある。というのは答えになるかな?」

彼女はピアノの前で言葉の意味についてしばらく考えているようだった。


「知られたくないことは誰にでもある、という意味なら。でも私もピアノを弾くを意味を教えてないからお互い様ですね。」

俺は大げさに肩をすくめて、台帳に戻った。

「私、すごく傷つくことがあったんです。」

彼女は少し大きな声で言った。

「ある人に、もう一生忘れられないぐらい、ひどいことをされて。」

下腹部のあたりに重い感触があった。俺はこの先を聞くべきなのだろうか、これ以上、何かを背負うべきなのか。
彼女がピアノの前で泣き出したとしても、俺には何もできないだろうと思った。
肩に手を置いてやることすらできないのだ。

俺は思い出した。俺には何もない。何もないから、ここにいるのだ。

「でも、生きれてば色々ある。ってことですよね。それも」

彼女は立ち上がった。

「ピアノありがとうございました」

俺は呆然と彼女を見た。少しだけ、目の周りが心持ち赤くなっている気がした。

「どういたしまして」

彼女は黙って頭を下げた。そして研究室のドアを開けて、出ていった。
もう二度と彼女は戻らないだろう、という気がした。
そして、もしそうだとしても、それは悪いことではない、と俺は思った。

「さようなら。またいつか何処かでね」

彼女が出ていった後、俺はそう呟いた。いつものように台帳に時刻を書き込む。そして旋法を聞くのを忘れていたことに気づいた。

6

夏休みが終わろうとしている頃、叔父が久しぶりに研究室にやって来た。
入ってきて一瞬ピアノを見て眉を潜めたが、何も言わなかった。


「叔父さん。いい加減教えて欲しいんですけどね」

俺は黙って事務机に座ってしまった叔父に向かって言った。

「あのバカでかい装置は何なんですか?それと俺がここにいる理由は?」

叔父は顔を上げて、馬鹿げた質問をした学生の為に日頃から用意されている表情を向けた。

「あの装置は、言うなればある特殊な物質の観測装置だ。その観測結果をずっと、24時間吐き出し続けとる。それだけの装置だ」

「それだけ?」

「それだけ」

「その観測結果って奴をあのワークステーションで記録して、それを院生がダウンロードしてるわけですか。それに何か意味があるんですか?」

「だからこう、という意味ではないだろうな。ただ観測結果、我々はストリームと呼んどるが、離散的であることがわかっている。」

「離散的?」

「つまり、何らかの符号化された情報だということだ」

「わからないな」

「符号ということは、何か意味がある『可能性』があるのだ。お前のようなバカに説明してやると、それは宇宙人や、4次元人からのメッセージかもしれんし、何かの物語かもしれん、音楽かもしれん。そこに何か意味がある『可能性』があるなら、それを観測するのが我々の仕事だ。」

「そこに何の意味もないことは考えないんですか?全く無意味な行為をしている可能性だってあるでしょう?」

「ところで、ここで、ピアノを弾いとる女学生がいるそうだが」

それには答えず叔父は言った。やはり知っていたようだ。

「ピアノを弾く女学生もあの装置もどちらも同じようなものだ。ずっとストリームを流し続けておる。お前は記録係だな。院生のワークステーションの使用回数も女学生の演奏回数も黙々と記録しておる。それに意味がないとは考えなかったか?
だが、それでいいのだ。ここはそういう部屋だ。私は何も言わんし、お前はこの部屋にふさわしいことをしたと思っておる」と、叔父はいつもの事務仕事に向き直った。「それからもう一つの質問、何故お前がここにいるのかだが」

俺は顔を上げた。

「知らん」

「はあ?」

「行く所もないし、やることもなさそうだから。連れてきた。それだけだ。ただ、お前も、まだまだストリームの発生源でいる気にはなったろう」

それが生きるということだ、とでも言いたいのだろうか、この偏屈親父は。と、俺は脱力した。

「どのみち死ぬ気はないですよ。どうせ死んだってつまらないだろうし」

叔父はその答えを聞いても、視線は書類から外さず右手を軽く上げた。



その夜、俺は荷物をまとめていた。

俺の頭をぶっ壊したのは上司でもないし、同僚でもない。誰も悪意を持って俺を傷つけようとはしなかった。
ただ、結果として俺は社会的に死んだ。何もなくなった。
それが「産業社会」という獏としたもののせいだと言うなら、ピアノを弾いていた彼女のように誰か特定の人間にひどく傷つけられるよりもマシなことなのかもしれない。

「いや、比較することでもないか」

単に俺たちは生きていただけだ。たまたまけっつまずいて、膝をすりむいて、そして、今も生きている。それで何か過不足があるだろうかとも思う。


俺は、来た時と同じぐらい軽い荷物を持って、研究室を出た。もうここには戻らないつもりだった。

廊下から見た夜の研究室には青い光が溢れていた。
ふと、思いついた。

俺はポケットからボールペンを取り出して、研究室のネームプレートに書き込んだ。

”Blue Roomにようこそ”


明日になれば誰か気づくだろう。




ORB/U.F.ORB

ORB/U.F.ORB

プログラマをクソコードで殴り続けると死ぬ

ここにクソコードがある。

誰が作ったかはわからぬ。それが、どのような経緯でクソコードとなったのか、
あるいは、最初からクソコードであったのか、それらは全てクソコード自身が知るのみである。

ファーストコンタクト

ある日、営業からシステム案件を打診されたので見積もりして欲しい。というメールが来る。
とある企業の既存システムに機能を追加する簡単な案件ですが、なななんとソースや仕様書をご支給いただけます!
と、それはサンタにプレゼントが貰えると信じて疑わぬ子供のような真っ直ぐなメールである。

ソースコードが入った圧縮ファイルを受け取ったプログラマは、早速、コードを読んでみる。

そのシステムが本当にいいコードで書かれているかを判断するには時間がかかるが、
クソコードであるかはおおよそ30分でわかる。

インデントがタブとスペースどちらかに統一されていないとか、フレームワークの誤用があるとか、またはフレームワーク自体が独自のものであったりすれば、じんわりと汗が滲み、異様に長大な関数やファイルがあったり、コピペが横行しているところを発見すればほぼ確実である。

クソコードだ。

プログラマは呟く。その言葉は誰に聞かれることもなく、ただ虚空に響く。


ソースコードに、仕様書などのドキュメントが添えられていたりする。
ほとんどの場合、画面キャプチャに無数の丸番号を貼り付け、これはボタンです。これはテキストボックスです。と書かれた、見ようによっては哲学的なExcel方眼紙ドキュメントや、気の利いたツールを使えば、5秒で吐き出せるような、データベース定義(DDL)をExcel表にしたものである。

それらの文章の体裁がどれほど秀逸であろうと、クソコードを生み出した連中の印象が変わることはない。
コードを見ることができない人間を騙す方法など無数にあるのだ、とただ感じ入るのみである。

さて、クソコードであることを確信したプログラマは、こんなものの面倒を見るなんて冗談じゃないぞと、営業にその事を伝えるが、
「ほうほう、それはそれは」
とこちらの深刻な声色と違って、彼は嬉しそうである。
その時、彼は、受注の確度が高まったことを喜び、継続的な改修業務の受注が見込めそうだと、笑みを浮かべて算盤を弾いているのだ。
悪質なリフォーム業者が床下に無数の換気扇を設置できる家を見つけたような、それは会心の笑みである。

そう、一度、クソコードを見てしまえば、すでにクソコードに関わらないという選択肢はプログラマには残っていない。
それはそういうもので、この国ではいつのまにかプロフェッショナルであるということは、如何なる理不尽にも忍従できるかどうか、ということで判断されるようになってしまっている。

熊を素手で殴る

やがて営業が、受注の成功を告げる。納期はさしあたり2週間といったところです。
営業の秘訣は恋人に接するようにすることですよ。とかつてその営業は飲み会の席で宣ったことがあるが、お前が連れてきたのは誰にも相手にされないドブスだということを彼自身は気にしないし、いずれにせよ彼女と添い遂げるのはプログラマである。

さて、プログラマは不味いプティングをスプーンの先で突くように、気乗りしない表情で、開発環境を整え、クソコードを展開し、追加要望が書かれたExcelシートを漫然と眺めたりする。

不幸なのは、これからの作業が如何なるものになるか、プログラマにはだいたいの見当がついてしまうことだ。

クソコードには独特の匂いがある。コメントなど一切なくとも、そこに無力な兵卒が強大な化け物と戦い、爆発四散したような跡がある。
あるいは迫り来る時間と膨れ上がった仕様との絶望的なせめぎあいが見える。
その戦場の跡であるクソコードは、あたかも枯れ木が点在する荒れ地を思わせる。おそらく地面の下には無数の死体が埋まっているのだろう。

それでも、彼は、開発環境でシステムを動かしながら、コードをいじくって、コードと動作の対応を見たりして、クソコードの、そのカオティックなロジックを自身の感覚に落としこもうとする。

クソコードは、プログラマの体内にじわじわと侵食して、彼の中にあるTDDとかDIとかデザインパターンといったような煌めくようなプログラムパラダイムの美しいものを押しのけ、代わりに居座ろうとする。
まるでコピー&ペーストと、場当たり的にViewに埋め込まれた複雑なロジック、膨れ上がったコントローラー、複雑怪奇なSQLである我々こそが、机上の空論でない、実際に動作する、プログラムの本質であるとばかりに。

あるいはプログラマはそれに抵抗するかもしれない。回帰テストがないのなら、今からテストを書けばいい。それができたらリファクタリングができる、クソコードをもっとまともなコードに変更するのだ、といった具合に。
しかし、その思いは早々に打ち砕かられる。無数の副作用を及ぼす2000行からなる関数のテストをどう書けば良いというのか?
先にリファクタリングする?一箇所でもしくじれば、「以前動いていたものをなんで動かなくするんですか!」という営業の罵声が響くだろう。

やがてプログラマは首を振って、全てを諦めることにする。

クソコードが内包しているメソッドは単純明快だ。とにかくその場しのぎということだ。
自分もそうすれば良い。大きく書き直すのは、リプレース案件が来て充分に人手と時間がとれてからでいい。と。

その様子は、猟銃や罠をしょった若き狩人が、それら全てを投げ打って、素手で熊に殴りかかるようなものだ。
人々はずっとそうしてきたし、これからもそうするのだ。森に残された踏み込まれた足跡をたどり、何もかもをかなぐり捨てて、彼は熊に挑みかかる。

牢獄

最初の改修案件を終えたプログラマは熱いコーヒーを飲みながら一息ついている。
やれやれ、不愉快な仕事も終わった。このクソコードの事は金輪際忘れてしまおう。と彼は口内に広がる心地よい苦味とともに考えている。

しかし、内線電話がかかってきて、営業の弾んだ声が言う。
「今回の案件が好評でしたので、継続的に取引できそうです!」

そして、要望のExcelシートが前回の2倍ほどの長さになってやって来る。
今度は誰がするのだろう?ではない、彼がするのである。なぜなら彼は一度クソコードを制覇したし、他の誰もそんなことをしようと思わないからだ。

クソコードという牢獄に囚われた彼が、解放される日はおそらくやってこない。
クソコードは常にこういった人を探しているし、一度誰かを捕まえることが出来たなら、絶対に逃さないのだ。

囚われ人の黒々とした頭髪は白くなっていくか、抜け落ち、Tシャツからはすえたような匂いが漂い、鼻毛は飛び出てくる。彼の面相は体内を汚水で満たしたように、でっぷりと膨らむ。

死んだ目でキーボードを叩き続ける彼の姿に、何も事情を知らない新入社員が顔をしかめる。
まるで絶望的な塹壕戦を戦う歩兵のようだ。ああはなりたくないものだ。彼はきっとTDDとかDIとかデザインパターンの勉強をしなかったのだろう、と。

しかし、クソコードが注入される前、プログラマの中にあった、理想のパラダイムが、依存と複雑性をできるだけ排すことができた夢のプロセスが、花開く場所がある。

彼はtwitterにクソコードの悪口を書き込み始める。そしてQiitaや自身のブログを開き、そこに最新のテストフレームワークの使い方を、家で使ってみたクールなフレームワークの情報を、あるいはアンチパターンから離脱する冴えたやり方を、書き込む。

それらは元々彼の中にあった煌めくような未練の塊であり、現実とは乖離している。
そして、だからこそ、美しい。

何も知らぬ者がそれらを見れば、なんと恵まれた環境でこの人は働いているのであろう、やはり、世の中には優れた制作会社があるのだ、と思い込むだろう。

そうした情報が煌めく星となって、この業界にまた新たな若者を引きつけるのだ。



星を求めて、彼の会社に入社した社員は、困惑する。

肝心の彼がいないのである。

他のスタッフに聞いてみると、「彼は退職したよ」と言葉少なげに語る。
その様子は、キャリアアップや、東京で消耗したくない、といったような明るい理由で彼が退職したのではない、ということを雄弁に物語っている。

上長がやってきて、新人の席を案内する。
「君にはこのコードと仕事を引き継いでもらいたい。」




ここにクソコードがある。

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リーダブルコード ―より良いコードを書くためのシンプルで実践的なテクニック (Theory in practice)

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改訂新版 Cプログラミング診断室

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誰も勃起してはならぬ

勃起することは男にとって全ての諸悪の根源である。

勃起、言うなれば、男性の性の発露が陰に陽に、女性に対するセクハラとして、さらには暴行事件などとして顕在化することは改めて述べるまでもないだろう。

それ以外にも勃起の害悪は社会に蔓延している。

特定の個人に関わることについて具体的な例示は避けるが、
仮定の話として、国内のITエンジニアとして最高の地位と年収とストックオプションを手にした男が、女子大生に一度勃起してしまったばっかりに、
リベンジポルノされ、その性癖と射精に至る時間までも暴露されてしまい、自分のブログで、彼女の言い分では付き合い始めたのは2014年からとなっておりますが、それはセフレ期間を含んでおりますので、正確には2015年からとなります。という何言ってんだお前感溢れる釈明に追われてしまうといった事態も考えうるのである。

また勃起は女子大生とラブホテルにいる時だけ発生するものではない。
意中の異性、または不特定多数の異性が自分に好意を抱くのではないか、という予測が成立している状況、端的に言えば、「今俺すっげえイケてる」と考えている場合においてすら発生する。


昔、私はあるアートイベントの会議にオブザーバーとして呼ばれたことがある。
そこではアートイベントの方向性について白熱した議論が行われているのだが、どうも様子がおかしい。
どういうターゲットを想定するのか、集客の為にどのような行動が必要か、などという現実に立脚した議論が全く行われず、
抽象的で、しかし、聞き心地だけはいいアート論、理想論が飛び交い、誰かが話だす度、議論が、たちまち上空かなたに飛翔していくのである。
私は訝しんで、ふと、熱弁をふるっているどこぞのアートディレクターの股間を見てしまった。

勃起していた。

なるほど、こういう議論をする時、人は軒並み勃起しているものなのだ。と、私は深く感心した。
そして、その後アートイベントは意味不明のコンセプトと、よくわからない内容で、不評に終わった。
ただ一度の勃起が一つの機会を台無しにすることがあり得るということ、これはおおっぴらに語られることはないが、事実である。


あるいは、このエピソードから勃起が本来有能であった人を無能にすることがある、ということが読み取れるかもしれない。

そしてそれが、この社会に男性諸氏を巧妙に「勃起」に誘導せんと、あらゆる仕掛けが蔓延している理由である。
まるで今すぐ関係を結べそうな女性の写真を、通販カタログが如く並べる出会い系広告、
性に積極的すぎる少年とその叔母との情事を、アパートの上階から陰茎めがけて落下する女性を、あそこは地獄穴ですだよに落ちた田舎のブスを描いたWeb漫画広告、
ビールのCMで、何かいかがわしいものを飲み干す珍妙なかけ言葉を連呼する女性たち。
これら全ては「勃起」を通じて冷静な判断力を失わせ、購買意欲を高めんとする闇のマーケティング理論を元に行われており、そこには女性の尊厳を全く無視しているばかりか、良いものを作って、消費者に正当に判断してもらおうという、真っ当な商道徳すら欠片もない。
これらの企画もまた、勃起したマーケティングディレクターによって発案されたことが、明白なのである。


見てきたように、勃起がもたらす害悪は様々である。しかし、なぜ男性諸氏は勃起をやめようとしないのであろうか。

かつて、精力が減退した老人は、「長老」として敬われ、その判断には一目置かれたものだ。
言うまでもなく、老人は勃起しないからである。

しかし、現代においては、バイアグラの密輸などで、当の老人までが勃起能力を手に入れようと必死になっている。
(念の為注釈するが、不妊治療など正当な目的での勃起不全治療薬としてのバイアグラを否定するものではない)

なぜ彼らは卵子に向かって泳動する精子のごとく勃起をやめないのであろうか。
疑問を抱いた私は、かつて山本夏彦翁が言った言葉を思い出した。

新聞や雑誌の本文は読むに値しない、広告を見よ。

私もそのようにしよう。センテンス・スプリングとゲス勃起カップルに称された雑誌の広告などを漫然と眺めていると、果たしてそこに答えはあった。

マムシドリンクやスッポンサプリメントの広告に踊るコピーがそれだ。

「男性の自信回復」
「毎日の活力」
「生涯現役」

逆に言えば、世の男性は自信と活力を失い、いつ自分が若い人間にとって変わられるか、戦々恐々としているということだ。
そういう時、勃起は彼らに偽りの万能感を与えてくれるらしい。

なるほど、これは覚せい剤中毒のメカニズムとほぼ同じである。

精神的並びに肉体的に、最早超人と化した彼には如何なる離れ業も可能と感じさせるのです。彼にとって、人生などほんのマンガです。そしてスピーダー(覚せい剤乱用者)は快感の敷き詰められた道路をひた走るのです。

この無意味に詩的な文章は公益財団法人 麻薬・覚せい剤乱用センターからの引用であるが、
まさしく、勃起も同様の感覚を引き起こしていると考えられる。

勃起こそは社会の害悪である、という私の論理は、図らずも、男性諸氏によって、独占され、秘匿され続けた合法ドラッグの一手法を見つけてしまったようだ。

繰り返し言う。勃起は諸悪の根源である。全ての男性は今すぐ勃起をやめるべきだ。
伊藤直也の死を無駄にしてはならない。