megamouthの葬列

長い旅路の終わり

Twitterやり過ぎボーイと今月の懺悔

こんにちは、megamouthです。懺悔を書くのも久しぶりです。
元々、その月に書いた物の反省を綴るためのコーナー(?)なわけですが、告知Twitterという名の単なる個人Twitterにほとんど書いてしまい、書くことがなくなってどうしようかな、と思っているうちに月末は過ぎてしまったという経緯となります。

というわけで、twitter発言を元にしながら、7~9月のエントリを振り返って見ようと思います。

それ以前にブログ更新止めてたよね?

誰も気にしてないと思いますが、5月を最後にブログ更新をしばらく止めてました。
仕事でむかつくことがあって、酒量が増えて欝が深刻化しただけなので、特に戦略的な理由があったわけではありません。

更新しなきゃ、という義務感から解放されたので、じっくり本でも読もうかと思ったんですが、読めねえんですよね。こういう時。文字が頭に入ってこない。8月下旬までそういう状態でした。

そんな時、村上春樹の「東京奇譚集」が某古書店で100円で売られていたので、買って読んでみたらスラスラ全部読めたんですね。さすが村上御大。

東京奇譚集 (新潮文庫)

東京奇譚集 (新潮文庫)

最初の短編の冒頭のクソくだらなさは、下手なブログ以下の出来ですが、他の短編の上手さはやはりとんでもないですね。
これぐらい上手くなったら、ブログというメディアを超克できんのになあ、という気がします。私には出来るわけないので誰かやってみてください。

7月

www.megamouth.info

あんまり時事的なことは書きたくないんですが、豊田真由子の例の騒動があって、思い出すことがあったので書いた一品。

常々言ってるように、「悲惨」なことだけを書けばその人は「悲惨な人」に容易くなれるので、私の家族についてもこういう「側面」があった、というだけの話です。
中島らもがかつて言っていたように家族って全部違って、全部変なんですよ。



www.megamouth.info

あんまり時事的なことは(略
結局、最後に言っちゃう、という伝統芸を久しぶりにやりたくなったので書いたエントリ。
なんかgigazineさんが、例の騒動のまとめサイトに並べて掲載してくれたりしました。
一体何が基準なんだ。gigazine。という思いだけが中空を漂っています。

8月

www.megamouth.info

なんかBuzzりました。


酒を飲んでは野球ゲームをして、ローディングごとに一行書き足す、みたいなことをしてて、結果、えらく散文的な文章になったので、Buzzるとは思いませんでした。
最初と最後を繋ぐというのは、狙ってやったわけではなく、朝起きた時点ではオチがなかったんですが、推敲しているうちに、こういうオチにしたらいいんじゃないかな、と5分ぐらいでとってつけただけです。
名エントリというのは得てしてそういう風に出来るのです。「煌めく」って何回言うねんとか、そういうのに突っ込まれないぐらいの勢いがブログには大事(力強く

9月

このへんになってくると調子がちょっと戻ってきました。

www.megamouth.info

昔から私の小説は「雰囲気」しかない、と言われて久しいわけですけども、友人に見せたところ「主人公が叔父さんに危ない実験されるのではないかとドキドキした」という貴重なアドバイスをいただきました。
最後に装置から、中国人が出てきて「交代アルよ」と言われて主人公が入っていったら良かったですね。

実はこれ、元は夢で見た話なんです。だからオチもテーマもないのは当たり前なんだよねー(ねじ式について語るつげ義春の口調で


www.megamouth.info


ブレスト逃走事件について、少し詳しく書くと、ある日、問い合わせがあったので、ノコノコ1時間ぐらいかけて電車で某社に行ったんですよ。
で、行ってみたら、商談とか全然なくて、「今こんなサイト運営しているんだけど、googleの上位に載るにはどうしたらいいのか」とかそういう話をされて、「当社にまかせていただければすぐにできますよ!」とか言って、外注のSEO業者に丸投げして、「ほら"丸焼きされる豚の気持ち”キーワードで一位になりましたよ!」とかやっても良かったんですが、当時のSEO業者って基本チンピラしかいなかったので、関わりたくなかったんですよね。

なのでHTMLの基本構造をちゃんと守ることと、外部リンクを稼げるぐらい魅力的なコンテンツを書いてください、とか言ってるともう言うことがなくなったので、日頃からしてた与太話をしたら、思いの外真に受けてくれたので、そのまま帰りました。
リアクション営業もしませんでしたけど、同時に向こうからの連絡もなかったので良かったです。そもそも阪急宝塚線載ると過呼吸になるから、もう乗りたくないんです。


www.megamouth.info

あんまり反応なかったね。また人生を無駄削りしてしまったという思いだけが残りました。本当は2番目に書いてある「ブログおじさん」を主人公にした小説にしたかったんだけど、経営者って私には本当に理解不能の存在で、研究しても書けそうもないです。

心が弱った人のためのAmazonPrimeMusicレビュー

はい、今回のメインコンテンツです。

Radio Rewrite

Radio Rewrite

心が弱っていたので、ずっと聞いていました。ライヒいいよライヒ
"Electric Counterpoint"だけでもPrimeに数点アルバムがありますが、この録音が一番好きですね。

Love Or Die

Love Or Die

故ススム・ヨコタさんです。現役時代は「なんか地味なハウスばっか作る人だなあ」感しかなかったんですが、当時並び称されたケン・イシイが辿った道筋を考えると、これで良かったんですね。今さら理解しました。
サマーセット・モームとススム・ヨコタはいつか良さに気づく時が来る、という言葉を残しておきたいと思います。ちなみにモームは今だにわかりません。

Trump

Trump

AmazonPrimeのおすすめは、知ってるアーティスト以外は、基本ジャケで選ぶしかない状況ですが、そういう意味ではジャケ買い(いや買ってないんだけど)して良かったと思える、アンビエント。基本ハスキーな女ボーカル入ってたら買っといて間違いないです。(その基準だとdip in the poolとか買えそうで怖いんですが)

雪譜

雪譜

いきなり姫神です。まだ初代の故・星吉昭さんがやっておられた頃のアルバムです。お前どんだけストライクゾーン広いねん、って言われそうですが、これは今は亡き父親の趣味です。

父はよく寝る時ヘッドフォンで姫神を延々と聴いてて、幼い私が、布団にやってくるとヘッドフォンを外して二人でよく聴きました。私は音楽を聴きながら寝るという習慣はなかったのですけど、激務をこなした後、息子と二人でニューエイジを聴く時間というのは彼にとってどういうものだったのだろう、ということを最近、よく思います。

お父さんが天国で初代のライブに行けてますように。


と、しんみりしたところで、また次のエントリで。

経営者についてのとりとめのない回想

経営者の物語を書きたいと思った。
「取材」をしようと思い、経営者の書いた本と、経営者を主人公にした小説を幾つか図書館で借りてきて読んだ。

私はそこに孤独が書かれていると思っていた。

出資を受け、または個人保証で金を借りてハイリスクな勝負を挑む、冷徹な勝負師の過信と不安のせめぎあいの末の苦悩があると思っていた。

だが、どこにもそんなものはなかった。

書いてあったのは、単に運の良いバカの物語だった。

あるいは、イベサーの主催者だった学生時代のノリで、何の根拠もなく金を借りまくって、前を見ないで疾走する犬が木にぶつかって転倒するぐらい自然に事業に失敗する物語だった。

元銀行員が書いたという触れ込みの小説に至っては、主人公を経営者にしただけの安っぽい時代劇だった。

なぜ「孤独」や「勝負」が書かれていないのだろうか、何らかの事情で書いてはいけない事になっているのかもしれない。あるいは借りてきた本が悪かったのかもしれない。
いずれにせよ、読者にとっては幸運なことに、私はこのような退屈な物語を書く気を失った。

代わりに、私が見たり聞いたりした経営者の姿を書く。

貧乏な経営者

一時期私が愛読していた『記録』というブログがある。アストラという小さな出版社の社主が書いていたブログである。(残念ながら現在は更新が止まってしまっている)

gekkankiroku.cocolog-nifty.com

以下に引用する。

マルクスによると労働者(編集部員)は提供する労働に比して安い給料しかもらえない。その差が資本家(私?私しかいない)の「搾取」となる……はずである。この公式に当てはめてみると確かに小社の給料は安い。そこはわかるけれども肝心の「搾取」の実感がまるでない。何を搾取しているのか全然わからない。

こういう経営者は零細企業に結構いる。
彼らは皆心根が優しく、社員に充分に払う給料がないと悩み、人一倍懸命に働くが、いつも決算は火の車である。何かが間違っているのはわかっている、が忙しすぎてそれが何なのか考えることも、気づくこともできない。
まるで、アル中の旦那を抱えて、内職の造花作りに励むカーチャンのようだ。

私も若い頃にそういう経営者の元で働いた経験がある。
そういう会社は家族のようで、社員としての居心地はいい。毎月の売上もだいたいわかるので、安い給料もボーナスが出ないことにも不満を抱きづらい。
だが、働けど働けど、会社(家族)が裕福にならず、どこにも行けないので、さすがにうんざりしてくる。
手厳しいことを言うと、営利企業の経営者としての才能がないとしか言いようがない。

こういう事を書くと「すぐに転職すべきだ」と簡単に言う者がいて、まったきその意見は正しいのだが、何故私がこの善良な世界を捨てなければならないのか、という葛藤は体験した者以外はわからないだろう。
そういう時、我々はただ、天を憎むよりないのだ。

野心的だが不運な経営者

あるいは野心にあふれ、口八丁手八丁どこかの出資者を説得して、大金を借金してIPOなり、バイアウトなりイグジットしてやろうという経営者もいる。
彼らは気前もいいし、社員も投資の対象であると考えているので金払いもいい。

はてなが、tDiaryをパクって、Perlはてなダイアリーを作った頃、私もこの手の経営者を見た事がある。彼もまた「ブログで一発当てたるぜ」的な気概に溢れていた。
同時に、「本当に出資金を返せるのかと思うと眠れなくなる」と言っていたということも聞いた。

残念ながら、ブログで一発当てた(IPOした)企業はドリコムぐらいだったので、彼もまた、海の藻屑のように消えた経営者になった。
そう、野心的な経営者はいつの間にか消えてしまうのだ。
残された社員は力なく首を振って次に行く。
まあそれらも人生の形に見えなくはないが、何とも資本主義の冷徹な側面に触れた気になって、あまり好感はもてない。

ちなみに、この記事を書くために件の経営者の足跡を辿ったが、故郷で起業塾みたいなことをしているようだ。彼の会社はリーマンショックの余波を受けて、不運にも倒産したことになっていた。本当の所は知らないし、どうでもいいことだが、件の起業塾は「馬券の買い方教室」以上の存在になっていないのではないかと、少し心配でもある。

堅実な経営者

どうでもいい私事を書くが、しばらくニートをしていた頃(まあ今でもニートみたいなものだが)、ニート友達と毎日キャッキャウフフしてた私は、ある日、そのニー友の一人が言った言葉に衝撃を受けた。

「俺、いい加減就職するわ」

マジか、と思った私は、彼の就職活動の苦労話を聞いているうちに、自分も就職活動したらどうなるかな、と無邪気に考えた。
転職サイトにプロフィールを登録して、適当なところに面接希望を出した。
結果、1年近い空白期間があったのにすぐ内定が出た。
本当にこの世界はエンジニアにはチョロくできてんなあと思った。

で、入った会社の経営者は物腰の柔らかい60代のオジさんであった。いつも温厚でニコニコしているが、抜群に文章が上手かった。
社内の共有サーバーに置かれた事業計画書などは全く見事なものだった。これなら融資も受けられるだろうな、と私は思った。
事実そこは銀行系のベンチャーキャピタルから資本が入っていて、3年後のIPOを目指すと鼻息を荒くしていた。

しかしながら、私が配属されたIT部門の社員のモチベーションの低さと、技術力は絶句するほどひどかった。就業規則ばかり厳しく、経営層の絵空事なんて知らねえよという、マイナスの気が現場にはうずまいていた。

とりあえず、私は病気が悪化して結果的にその会社を半年ほどでバックレてしまったので、その後どうなったかは知らない。
あれから、かれこれ10年はたつが、まだIPOはしていないようだ。

ただ会社はまだあって、堅実であれば、会社は生き残れるのだ、と結論しても良いかもしれない。
例え投資家からゾンビ企業と罵られても。

幸運な経営者

私が知っている最も成功している経営者は、とにかく幸運である。
経営手法もデタラメであり、社員の待遇も悪いので、毎年のように大量の離職者が出る。
だが、本人は毎夜のようにナイトクラブで経費を使って散財し、会社名義の高級車を乗り回している。

何故こんな会社が潰れないのか、私は訝しむのだが、キーマンが辞めると、偶然のように同じかそれ以上に優秀な人材がやってきたり、大手から大きな仕事が舞い込んでくるので、会社が傾くことは決してないのだ。
こういう経営者と話をしてみると、ほとんど会話が成り立たないが、なにか独自の哲学は持っていそうな気配がある。

神に愛されるというのはこういうことかもしれない。と私は思う。
それ以外、言葉が見つからない。それぐらい何が何やらわからないからだ。

総論

成功した経営者について、私は結局のところ何もわからない。

私が読んだ経営者の本の内容を合わせると、彼ら自身もおそらく何故うまくいっているのかわからないのではないか、または実はどうでもいい決断を、あるいは単なるまぐれ当たりを、さも長い考慮の末の決定的な決断だったと称しているのにすぎないのではないか、とすら思う。

もう少し穏当に表現するなら「経営の成功に普遍性はない」と言うことができるかもしれない。

いずれにせよ理不尽なことである。ただそれが経営者の世界というものかもしれない。


何ともとりとめのないエントリになったが、退屈な小説よりはマシだと思うのでお詫びしない。



人生の勝算 (NewsPicks Book)

人生の勝算 (NewsPicks Book)

あるW3C幹部の匿名インタビュー

Webの各種技術の標準化を行うW3C。秘密主義で知られるこの組織の幹部が、匿名を条件にインタビューに応じてくれた。元は英語のニュースサイトに掲載された文章であるが、少々ショッキングな内容を含むので、以下に拙訳する。

原文:
http://www.kh.rim.or.jp/~nagamura/misc/stroustrup-interview.txt



インタビューア(以下「I」): W3CはWebの世界を大きく変化させてきました。この23年を振り返ってみて、感想は。

W3C幹部(以下「W」): 最近昔の事をよく思い出します。覚えているでしょうか?誰もが固定幅のtableでレイアウトされたWebページを作っていた時代を。
HTMLをコーディングするのに覚えることはシンプルでした。難しいのはせいぜい、可変幅にしたい部分をtable化してそこにはめ込む画像を上手くスライスすることぐらいでしたが、これらも良く出来たツールがほぼ自動化してくれました。
大それた演出や、派手な効果を加えたければFlashを使えば問題ありませんでした。
$1000程度を払って、これらの優れたツールを購入すれば、誰でもWebページを作ることができた時代だったのです。
そして、それこそが我々にとって最も大きな問題となりました。

I:問題?

W:当時のWebページのコーディング単価を覚えていますか?単に、HTMLでテーブルタグを入れ子にして、画像をはめ込むだけで、我々は1ページあたり$300は貰えていました。優れたFlash製作者の給与などは、天井知らずでした。

I:確かに、そういう意味ではいい時代でしたね。

W:高単価の仕事は、望まざる人々をこの業界に呼び寄せました。
ハイスクールを出たての無知なティーン・エイジャーですら、週末のアルバイトでFlashを作り始めたのです。

I:なるほど。Webは裾野を広げたと言えますね。

W:結果としてどうなりましたか?Webページ制作の単価は下がり、かつては法外な制作費を稼ぎ出すことができた、単なるスライドショーFlashは適正な価格に落ち着きました。Web制作は急速に儲からないビジネスに変貌していったのです

I:う~ん。それが問題であったということですか?

W:その通りです。我々の使命は、Webのエコシステムを維持し、ユーザー企業が適切な額を投資し続けられるようにすることでした。

I:それが出来なくなりつつあった、と。

W:我々は考えました。そして、手始めにまず、エイプリルフールのジョークだったXHTMLXSLTという規格を大真面目な顔で発表しました。

I:ちょっと待って下さい。あれはジョークだったのですか?…しかし幸いにもあれはあまり成功したとは言えない結果になりましたね。

W:いえ、我々の基準では充分、成功の部類になります。一部のベンダーやコミュニティが、これこそがWebの未来だと言わんばかりにXHTML+XSLTレンダラーの実装をしてくれました。HTMLコーディングは複雑怪奇なXSLTルールを記述することに変貌しました。
これこそが我々の狙いでした。tableレイアウトのHTMLページの単価は当時$100以下にまで下落していましたが、XSLTを記述できるエンジニアはほとんどいませんでしたから、それこそ「言い値」で予算が与えられました。

I:しかし結局はそれが、普及の妨げになったのでは?

W:それは事実です。XSLTエンジニアが、その規格の難解さ――もちろん意図的にそうしたわけですが――に次々とKAROSHIしてしまったのは、我々の誤算でした。
しかしXHTML+XSLTセマンティックWebといった、Webページはマシンリーダブルにするべきだ、という「常識」を世間に植え付ける事に成功しました
凝ったタイポグラフィのために文字を画像にしたり、無意味にtableで分割するといった事を、我々は辞めさせることに成功したわけです。
これで、Webページ制作費の下落ペースを多少抑えることができました。

I:確かにそのあたりから、HTMLコーディングはやけにアクセシビリティを要求されるようになった覚えがあります。

W:援軍もありました。ある日、Googleという新興企業が、我々の所にやってきて言いました。「私達がお手伝いできることはありませんか?」と。我々は彼らを歓迎しました。

I:え?まさか。

W:そうですSEOです
Webページそのものをマシンリーダブルにすることの意味を理解できない愚かなユーザー企業にはこう言ってやることができました。

「お前の会社のホームページを検索結果の1ページ目から追い出してやるぞ!」とね。

彼らは泡を食って、我々の狙い通り、Web業界への投資を続けなければならなくなりました。
実際問題として、画像化された文字も適切なalt属性を与えてやれば、マシンリーダブルになることは自明でしたが、我々はそれらが高度なHTML+CSSコーディングでしかできないと思い込ませる事に成功したわけです。

I:すいません。そのような思惑があったというのは…その、実に…意外な発言です。

W:しかし、我々にはまだ課題がありました。Flashです。

I:え?

W:フレームアクションのおぞましい化物であるFlashが、まともな言語(ActionScript3)を持ち始めたのです。これは由々しき問題でした。

I:どういうことですか?

W:いいですか?プログラマというのはこの世界に掃いて捨てるほどいるのです。我々はMicrosoftとDHTMLという、ほど良い言語を発明していました。これは正常な神経をしたプログラマなら誰も近寄れないものでした。
こうして我々は注意深くWeb業界、それもフロントエンドの領域に彼らが参入するのを阻止していたのです。
彼らがJava2EEであるとかPHPといった、無限の終わりなき開発を続ける世界に留るようにね。

I:Flashプロプライエタリでしたが。

W:プロプライエタリだろうが、それを標準化するのは造作のないことです。(AjaxMicrosoftActiveXコンポーネントで出来ていたことを覚えていますか?)我々は意図的に、Flashを標準化の対象から外しました。SteveJobsも我々に賛同してくれて、iPhoneにはあのクソッたれ、失礼、少々分別がすぎてパフォーマンスも良好なFlashランタイムを導入することを拒否してくれました。

I:しかしFlashはWeb業界にとっては富の源泉ではなかったのですか?それを潰すのは矛盾した行動に思えます。

W:もはやその頃にはFlashは大した投資の対象にはなっていませんでした。それよりも、AS3によってFlashに殺到するであろう、まともなプログラマを押しとどめるほうが優先課題でした。このままではSEOの対象にならない、ログインが必要なWebシステムやサービスが全てFlashで作られる恐れさえありました
幸い、我々は新しいアイデアを得ていました。かつてDHTMLと言われた言語をECMA Scriptとして、小刻みにバージョンアップさせることにしたのです。

I:それはどういう事ですか?

W:後方互換性を意識させつつ、小出しに仕様を変遷させるというのは、一つのプラットフォームを破壊し、混乱させるのに最も良い方法です
今のフロントエンドを実装する困難さを見てください。タスクランナー、トランスパイラ、バンドラー、それらを全て駆使ししないとフロントエンドは書けません。
これこそ、我々が狙った効果そのものなのです。

I:少し、気分が悪くなってきました。本来なら私はここで、「ありがとうございました」と言うべきなのですが…

W:構いませんよ。我々は常にWeb業界と共にいます。彼らが受け取るべき報酬に常に注意を払ってきました。その事に疑問を抱いたことはありませんし、その事が、業界の外部にいる、例えばユーザー企業にとって不快だろうということは理解しています。

I:特に良心の呵責はない、と?

W:ありませんね。そもそもあなた方は我々を何だと思っているのですか?Webの業界団体ですよ?標準化やらオープンといったもので、本来自分たちが手にするはずだった利権を自ら手放す者がいるでしょうか?
我々は正しい事をしてきましたし、これからもし続けますよ。

I:このインタビューの内容を誰も信じないかもしれませんね。

W:そうかもしれませんね。我々がこれだけ露骨に利益誘導を計ってきたというのに、23年間誰もそれに気づきませんでした。いや気づいても気づかないフリをしているのかもしれません。
どちらにせよ、我々には同じことです。

I:後日、書き起こした原稿を送ります。

W:楽しみにしてますよ。


c.f
Bjarne Stroustrup インタビュー (?)



HTML5&CSS3デザイン 現場の新標準ガイド(特典PDF付き)

HTML5&CSS3デザイン 現場の新標準ガイド(特典PDF付き)