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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

最近の懺悔、夢日記について

定点

前回のエントリを力を入れて書きすぎてしまった感があって(実際に亡くなった方がいる以上、真剣に書かねばならないのは当然の事ですが)
その勢いで書こうと思ったこともあったのですが、今回は特にテーマも決めずにダラダラすることにします。

ブログ読者という存在

2011年ぐらいのエントリを見て貰えばわかるのですが、昔の私にとってブログというのは、思いついたことを書く媒体の一つで、
ようするに「ウケ狙い」というか、当たりそうなものを狙って、実際に1日に2万アクセスぐらいを稼いで、それで満足するといった扱いでした。

なので、私は気分が高揚した時(ようするにほっといても文章がおもしろくなるタイミング)でしか文章を書かないことにしていて、文章が異様な憎悪にまみれていたりするのはそのせいだったりします(それが理由なのか、旧はてなダイアリー時代の当ブログは誰かのサブ垢だと思われていた節があります)

というわけで、私は継続的にブログを書くということは実はこれまで一度もしたことがなく、ここ2ヶ月ぐらいの更新ペースは自分としては驚くほどのハイペースなのです。


なんで今になって、アクセスも稼げないエントリを継続的に書いているのか、というところですが、もちろん単純に暇だから、というのが一番にあるのですが、このブログに目を通してくれる方々がいることが、GoogleAnalysticsなどの数値や、twitterやブクマやはてなスターなどのリアクションをくださる(半ば強制しているところもありますが)ことで可視化されて、自分の中に「読者」という存在が生まれてきたことが非常に大きな要因になっています。

以前は、大したアクセスもないのに、ブログを継続更新している人を見ると「暇なんだなあ」と思うだけだったりしましたが、今になってようやくわかったことは、「見てくれるだろう」という確信が頭にないとブログは書けないし、逆に言えば、「見てくれる人の存在」を自分が確信しているのであれば、それがどんなに少なく獏としたものであっても、「書く」という行為はできるのだ、ということです。人によっては当たり前の話なのかもしれないのですが、これは自分にとって、かなりの発見でした。

この気付きを得られただけでもブログをやった甲斐があったなあ、とも思うわけですが、まだ書きたいことが幾つか残っているので、読者の方におかれましては、しばらくお付き合いいただけると幸いです。

ちなみに、エントリのコメント欄を使って、自分でそのエントリのあとがきめいたものを書くというスタイルは、さすがに痛すぎることがわかってきたので辞めました。(そもそも上述の文章がその最たるものなのかもしれないのですけど)

夢日記

昔から目が覚めて夢の内容を覚えている時は、素早く付けっぱなしのPCとEmacsに向かって夢日記をつけることにしています。

夢を文章に残すメリットはほとんどないですし、精神衛生上やらないほうがいい、という説(?)もあるのですが、唯一おもしろいことがあるとすれば、夢の記憶というのはびっくりするぐらい消えやすいので、上手くすると夢日記に記述した文章ごと記憶から消えてくれることがあります。

つまり、自分だけど自分ではない存在が書いた文章が夢日記には綴られるわけで、たまに読み返すと自分が書いたとは思えない支離滅裂で不気味な文章(夢というものが往々にしてそうなので)が出てきて、新鮮な驚きを得ることができます。ある意味、質の悪い自慰行為ですね。

一つここで紹介します。

廃墟と子供たち

家で寝ていると、ドラムの音が聞こえてくる。
部屋の窓をあけると、隣の家で誰かがバンドの練習をしているのがわかる。

そこは、廃墟だと思っていた場所の2階にあるのだった。

あそこに人が住んでいることに興味を抱いた私は家を出て走り出す。

ずっと走っているうちに私は凶暴な登校拒否の女の子になっている。
知恵遅れの子供を追い抜いて、途中、男子生徒二人に会う。
「お前なんで学校こねえんだよ!」
と彼らは言う、心配しているふうではなく、単純に嫌がらせで聞いてくるのだ。
いやなところを見つかったと思った、私は蹴るふりをして彼らを脅かしてまた走り出す。

その建物は廃墟の団地の中庭の中にあった。

姉弟が中庭で大量の空き缶を洗っている。その傍には日傘を差した少女がいる。

私は近づいていき、近くの高い鉄棒に上る。

私に気づいた姉弟が手をとめて声をかけてくる。私は鉄棒の上で、彼らを見ている。
「お前いくつ?」
男の子が聞いてきたので、私は中学生だ。と答える。
男の子が少し試すような感じで、じゃんけんをしよう。と言いだす。
「俺チョキだからな」
私はチョキを出す。彼はパー。彼はさすがは中学生だと、いうふうに唸る。

私はおかしくなって少し笑う。お互いに名前をなのりあった後、私はここで何をしているのか?と聞く。

男の子が答える「ここに石油コンビナートを作ろうと思ってるんだ」

私はそれはなんて素敵な考えだろうと思った。

書いてしまってから他人の夢の話ほど退屈なものはない、と中島らもがよく言っていたのを思い出しました。

これから夢日記を書こうと思っている、ちょっと気が狂った方に幾つかアドバイ

  • まず、起きた瞬間から忘却の波がやってきますので、書き記す直前まで夢の内容を頭で反芻する必要があります。
  • 夢日記は時間との勝負です。だいたい起きてから30分以内に書けなければ、現実の論理が入り込みます。
  • 文章にする段になると、夢の非連続性(つじつまがあわない、場面の急展開など)が問題になるので、上手く処理する必要があります。
    • 夢の中で異様な知識を知っていることがありますが、書かないと筋が通りませんので「~という知識がある」などと表現すると良いです。
    • 辻褄が合わなくても、つながりそうなら、文章上の論理で強引につなげましょう。夢日記の目的は、異様な文章を残すことであって、夢の内容を正確に記すことではありません。
    • あまりにもつながらない場面は消してしまうのも手です。
    • この辺は慣れですので、最初は上手くいかなくてもそのうちなんとかなります。
  • 書けたら、速攻でテキストエディタを閉じて忘れましょう。夢日記は熟成させればさせるほどいい味が出ます。1年前の夢などほぼ全て忘れてしまっているので、かなり新鮮に読めます。読みすぎにも注意しましょう。
  • 夢日記を人に見せるのはやめたほうがいいです。

以上、ご参考まで。