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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

Webディレクターだけど、異世界の開発会社に転生した -中編-

なろう小説

megamouth.hateblo.jp

の続き

執政官(アドミニストレーター

翌日、僕とエイダとジャムスは、公爵の館に来ていた。

エイダ「あなたの言うとおり、私の伝手で向こうの執政官とは話を通したけど、どうするつもりなの?」

と、不安そうに言った。まだ何も成果物を上げていないのに、クライアントに乗り込んでその実務担当者を呼ぶ、という行為に戸惑いを覚えているようだ。
ジャムスは豪華な椅子の座り心地が悪いのか、モゾモゾと背中をずらしたりして居心地が悪そうにしている。

僕「これでいいんだよ。むしろ、こうしないと何も始まらない。それより、向こうの執政官というのは、どういう人なんだ?」

エイダ「…頭はいいけど、嫌味でいけ好かない奴よ。それにあいつは…」

小声で言いかけたところで、大広間の扉がゆっくりと開いた。一同に緊張が走る。

長槍を持った二人の従者がすばやく扉をくぐり抜けて、執政官を待ち受ける。
その間を悠然とした歩調でやって来たのは、意外にも細身の執務服に身を包んだ若い女性だった。

彼女は長い黒髪を揺らしながら我々とは反対側を歩いて、エイダを一瞥すると、意味ありげな微笑みを送った。ゾッとするほど美しく優雅な微笑みだった。
そしてそのまま、僕達と対面するように座る。
従者が両脇ですぐさま気をつけの姿勢をとって金属製のブーツがカチャリと音を立てた。

女性「公爵様の執政官を勤めております、フリーダと申します。お見知りおきを」

と、落ち着き払った口調で言った。

僕「お目にかかれまして光栄です」

フリーダ「久しぶりね、エイダ。魔法のお勉強は順調かしら?」

半ば僕を無視するようにフリーダはエイダを見据える。エイダの瞳は少し敵意をはらんでいるように見える。

エイダ「順調よ。今日は時間を作ってもらって悪かったわね」

フリーダ「どういたしまして。幼馴染のたってのお願いだもの。少しばかりの時間を割くぐらいはやってあげないとね」

と答える。どうも二人には過去に何かしら因縁があるようだ。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。


僕「今日は、公爵様の義勇兵応募フォームについて、お聞きしたいことがあって参りました」

フリーダ「そう?要求仕様書に全て書いたつもりだったけど、何か不足があったかしら」

その時に、初めて僕に気づいたような態度で、フリーダはわざとらしく驚いた様子を見せた。

僕「いえ、要求仕様書に問題はございません。少しご確認をさせていただきたかっただけです」

フリーダ「確認?それだけの為に?」

彼女の黒い瞳が冷たく光った。

僕「率直に申し上げますが、いささか実際の運用とかけ離れているのではないか、と思ったものですから」

冷たい瞳をしたままフリーダは優雅な微笑を浮かべた。僕という人間の力量を推し量ろうとしている。直感的に感じた。

フリーダ「例えばどういうところかしら?」

僕「応募者の振り分けをするところです。例えば、若すぎるもの、以前の徴兵に耐えられなかったものを除外する、というのは理解できます。しかし、ある特殊な入力した人物を取り扱う項目、ここが、かなり複雑な処理を必要としているようですが、その意味あいをお尋ねしたいのです。」


フリーダ「随分と遠慮のないこと!エイダは失礼な友人をお持ちのようね」

とエイダを見据える。エイダは伏し目がちにその視線から逃れようとしていた。

フリーダは満足そうに微笑むと、再び僕のほうを向いた。

フリーダ「それはね。傭兵の応募のことよ」


ジャムス「なんだって!義勇兵に金で雇われる兵が応募するのか!」

思わず声を上げる。フリーダが汚物を見るような目でジャムスを見た。エイダは手元をじっと見ている。



フリーダ「長らく戦乱が続いておりますのよ。いかに無知蒙昧な庶民と言えど、そう簡単に義勇兵が集まる保証はありませんわ」

僕「つまり、内々に金を払って、義勇兵を水増しする、ということですね」

遠慮せずに僕は言った。フリーダは不愉快そうに僕を見咎める。

フリーダ「正確には公爵様のご威光に預からんと自ら志願しているのです。ですが、こちらも報酬はお支払いたしますから、大きな意味の違いはありませんわね。」

と、一切の白々しさもなく言った。

僕「今まで、義勇兵の応募は、手動で行われてきましたね。」

フリーダ「ええ。城門の前に受付を置いてね」

僕「では、傭兵の応募に関しては、応募フォームを使用しないようにしてはいかがでしょうか?」

フリーダ「あら。何故そんなことをする必要があるのかしら?」

挑戦的な目つきが僕を捕らえていた。ここからは細心の注意が必要になる。僕は気を引き締めた。

僕「理由は二つあります。城門前の受付所は廃止されるわけではありません。未だPCやスマホを所有しておらぬ民もおりますので。
どちらにせよ、こうした応募の処理は手作業になりますので、傭兵の応募も手作業で行うことに問題はないかと思います。」

一呼吸入れる。

僕「そしてもう一つは、応募フォームを設置することで、受付所に人が集まらなくなります。
これは、公爵様のご威光に、良からぬ風評を与えるのではないでしょうか?
傭兵の一団が受付所に来るようにすれば、そのような懸念をする必要はなくなります。」

言い切った。僕はあくまで平静に、クライアントの利益を第一に考えているという顔を維持した。



フリーダ「…そして、あなた方の負担も軽くなる、というわけですわね?」

エイダ「!」

彼女にはすでにお見通しだったわけだ。
傭兵の募集を別扱いにし、データベースを賃金払いなどに利用する、という点は、要求された仕様の中で複雑で、最も大きなウェイトを占めていた。僕はその削減を図ろうとしたわけだが…

フリーダ「あなた方の魂胆は見え透いています。魔法使いというのは、いつも楽をしようとするのね」

僕はすかさずエイダにアイコンタクトを送った。エイダはすぐにそれに答えて、羊皮紙の束を取り出した。

エイダ「これが仕様書よ。傭兵の応募をサポートした場合のね」

フリーダの顔にありありと驚きの表情が浮かんだ。まだ発注して1日もたっていないというのに仕様書が出来上がっているのは意外だったようだ。僕とエイダが徹夜で仕上げたものだった。

エイダ「そして、これが傭兵の応募をサポートしなかった場合」

とエイダは仕様書の半分ほどを分けて、二つの山にし、少ない方の束を指差した。

エイダ「確かに。あなたの言うとおり、傭兵をサポートしないほうが私達は楽できる。でもそれはあなたも同じではない?」

システムは納品して終わりではない。それをチェックし、正常に動くかを検証するのは執政官であるフリーダの仕事になるのだ。仕様が薄くなれば、フリーダの負担もそれだけ減ることになる。さらに…

エイダ「あなたの要求仕様書の画面は今回初めて作るもの。つまりあなた側のスタッフは今回のシステムを運用したことがない。
だから、今回応募フォームを導入することで運用上のトラブルが発生するリスクもある」

フリーダ「確かに傭兵の応募処理は複雑な運用が必要になるわね。ミスも増えるかもしれません」

エイダ「傭兵は現金主義よ。電子決済でなく。金貨の袋をリーダーに与えて、あとは彼らに任せたほうが上手くいく」

フリーダ「それに私達も楽ができる、そう言いたいのね?」

エイダは静かに頷いた。

長い沈黙が続いた。フリーダは羊皮紙をめくって、凄まじい速さで仕様書を読み込んでいく。

ふとその手が止まった。



フリーダ「いいわ。傭兵の応募処理は従来通りにいたしましょう。城門前の受付所に傭兵たちが群がる必要もあるようだし」

そして少ないほうの仕様書の束を手に取った。

フリーダ「エイダはいいパートナーを持ったわね。少しばかり小賢しいけれど」

つまらなさそうな顔をして言った。
エイダの顔が真っ赤に染まる。空気になっていたジャムスが含み笑いをした。

帰り道(プロムナード)

エイダ「もーどうなることかと思ったわよ!」

公爵の館からの帰り道、王都の石畳の道を歩きながら、緊張がほどけたエイダが言った。

僕「そうだね。思ったよりも鋭い人だった。あんなに若くて…」

エイダ「若くて?何?」

僕「い、いやなんでもない」

ジャムス「しかし、良かったな。これで大分実装の負担が減る。あと9日だが、なんとかなるかもしれないな」

わざと大声を上げて、険悪な空気を消そうとした。

ジャイム「ここからは俺たちの仕事だな。まあ最後の3日ぐらいは徹夜になるだろうが…」

僕「いや。徹夜はもうなしだ」

エイダ「どういうこと?」

僕「仕様はまだまだ削れる。それにシステムの使い勝手だってそれほどよくない。」

エイダ「まだ仕様を変更するっていうの?あんなにがんばって作ったのに」

僕「仕様は設計だ。設計は何度かやり直したほうがいい。実装をやり直すよりずっと早い。」

エイダ「でも、フリーダは仕様書を承認したわよ」

僕「何度でも確認してもらうのさ。システムの使い勝手と運用ミスを減らすためだ。協力してもらう」

エイダ「ちょっと待って!フリーダとまた会うの!?」

僕「そうだよ。できれば、あと二回は打ち合わせしたい。ああ、その時は試作品ができていればいいね」

エイダ「それはいいけど。二回もあの、嫌味な女と会わなきゃいけないっていうの?」

僕「?いや、エイダが嫌なら僕だけが行っても問題ないけど」

エイダ「そっちのほうが問題よ!」

僕達の背中が夕日に照らされて3つの影を作る。

王都は夜の帳に包まれようとしている。しかし、僕達の仕事はここからはじまるのだ。