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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

ロング イナフ

プログラマのための練習曲

200X

真っ白な大地に長大な人の列がある。
皆、下を向き、前の人の動きに合わせて少しずつ進んでいる。永遠に落ちることのない日が無数の影を落としている。

巡礼者の列だ。

私は、そこから少し離れた場所で、煙草を燻らせている。
かつては私もあの列にいたのだけど、どういうわけか、こうして列から外れてしまったのだ。
列からはじき出されたようにも、自分で望んだ結果のようにも思う。


芦田に声をかけられて我にかえる。目の前にはテキストエディタが開いている。
「決済処理、確認してもらえませんか?」
芦田はおずおずと言った。年は自分と変わらないが、入社時期は私より少し後だ。
プログラムの力量は私のほうがあったので、自然と彼は私の部下のようなポジションになった。
芦田の心中はわからないが、忠実な部下であろうとしているようには見えた。

私は、「後で見ておくよ」と言った。
テスト用のクレジット番号を入力して、連結テストして、ログを確認して…
手順はすぐに思い浮かぶ。しかし、いつもなら滑らかにターミナルを叩く手が動かないのだ。

このまま放っておけばどうなるだろうか、という考えが浮かんだ。
仕様書は不完全だ。まだヒアリングしないといけない箇所もある。
しかし、自分にはこの案件、いや仕事についての興味がまるで持てなくなっているのだった。

ショッピングサイトの構築をするというこの仕事も、納期が間近に迫っている。
クライアントの担当はロジスティクス(流通)業者側の仕様書を丸投げする以上の能力はないようだった。
あとは、一般的な仕様で。いい感じで。
いつものことだ。

今までの私なら、それなりの情熱を持って案件を進め、担当者の尻を叩いて仕様を確定させて、この時期にはデバッグに入れる程度の進捗を維持している筈だった。
しかし、今回ばかりはどうにもならなかった。担当者の無関心と同様に、私もシステムに無関心だった。エンドユーザーの顔は浮かばなかった。
まるで昔書いた長大で退屈な小説を、もう一度うろ覚えで書かされているような思いがしていた。


皆が帰った後のオフィスで私は、ショッピングサイトのシステムを書いていた。
午前1時を過ぎている。責任感というよりは、習慣のように私はキーを押し続け、ブラウザをリロードし、外見を整えた。
納期は過ぎていて、サービスインが迫っている。昼に見た、担当者の顔は青ざめていた。
多分自分は、今まさに「信用」というものをぶち壊しているんだろう、と思った。
だが、何の恐怖感もなかった。自分で作ったものを壊すぐらい容易いことはないのだ。



巡礼者たちのイメージがまた浮かんだ。
巡礼者の列を外れて自分はここにいる筈だ。
なのに何故、皆自分の後ろに並んでいるのか。そして一向に私が前に進まないので、戸惑っているのだ。

何故なんだろう。むしろ何故私が彼らをどこかに案内しなければならないのだろう。
地平線の向こうから、兎が一匹やって来るのが見えた。それには影がなかった。

兎はいつの間にか私の前に来ていて、ひょこんと立ち上がるとしゃがれた声で言った。

「君は歌いすぎたんだよ。ここで終わりだ。」

そうはいかないさ。私は心の中で反論した。



夜が明けた。芦田が心配そうに声をかけた。
「出来ましたか?」
私はうつろな顔で彼の不安そうな顔を見ていた。しばらくして口が開いて
「まあ、これでいいんじゃないかな」
とだけ言った。思ったよりも昔の根拠のない自信に満ち溢れた言葉が出たように思った。
証拠に芦田の顔は少し安堵しているように見える。

「納品は現場でやりましょう」
芦田はFTPでソースを転送し始めた。

瞼が思い。髪はボサボサで潤いがなく、掻きむしると指に絡まった。
納品先のシステム会社で、エンドユーザーが椅子に座ってシステムを触っていた。
システムはあらゆるところでエラーを吐き出した。動作そのものが不吉な重さを伴っていて、ひどい出来だな、と私は何の感慨もなく思った。

振り返ったエンドユーザーが怒気を孕んだ声で言った。
「この時点で、これ、っていうのはいくらなんでもないんじゃない!?」
クライアントの担当者は平身低頭で、言い訳をした。そして、一通り口上を述べた後、恨みがましく私を見た。

その顔は兎になっている。

「だから言ったじゃないか。もう終わってるんだよ。君は」

しゃがれた声は頭の中で響いた。だからなんだというんだ。
列に並んだのは君たちの勝手だろう。月給20万程度の下請けに何を期待していたんだ。馬鹿げた話だ。まったくもって。

「こいつは反省すらしていないよ。死ぬことすらできないんだ」

兎が呆れて芦田に言った。芦田はそれに答えず、私を心配そうに見ている。

「すいません。急いでバグフィクスします」
私は無表情で答えた。

201X

「辞めようと思うんです」

居酒屋のビールのジョッキを前に、新卒の福本が言った。
隣には共通の上司がいて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「良かったら理由を聞かせてくれないか?」
「やりたい事ができたんです」

といって福本は口をつぐんだ。それが何かは教えてくれそうにない。
上司はビールを一息に飲み干すと、店員におかわりを頼んだ。

そして、まだ君は始まったばかりだ。来年は後輩もできるんだぞ、と言った。

私は、今まさに巡礼者の列から飛び出そうとする彼を無感動に見ていた。
何かそれに不都合があるだろうか、長大な回り道をする以上の意味が。

「まあ、しょうがないんじゃないの?」

私は特に考えるでもなく言った。結論が決っているなら議論するだけ無駄なことだ。
上司は私を睨んで、すぐに黙った。

「あとは、この会社からどれだけのものを持ち帰るかだよ」

善意の先輩の顔を作って私は言った。
口にしたビールは苦かった。やりたい事?そんなものがある筈がない。私がそうであったように。

「もうちょっと教えたいこともあったんだけど。あんまり教えてやれなくて悪かったね」

とだけ代わりに言った。

「いえ、○○さんには充分教えてもらえましたよ。○○さんがいなかったらもっと早く辞めていたかもしれません」

そりゃ悪かったな。と私は内心思ったが、どうでもいいことだった。

上司は彼を説得することを早々と諦めたようで、自分の昔の経験を話始めた。
転職のこと、社会のこと、いかに自分が努力したか、ということ。

残念ながら、それが彼に響いているようには見えなかった。
巡礼に並ぶ者に、そこから逃れようとする人間の気持ちはわからない。


彼らは地平線に向かって歩き続けるだけだ。
誰かついてこないか、注意深く後ろを振り向きながら。
行き先に何があるかはわからない。オアシスの一つはあるかもしれない。
ただ、期待はしないことだ。
何も期待はできない。

「長くいすぎたんだよ」

私は呟いた。唐突な発言に福本も上司も訝しげな表情をした。

「もう誰も自由じゃない」

二言目は言わなかった。巡礼者の列を外れても、また違う列に並ぶだけだ。よりアテのない列に。


遠くで影のない兎が飛び跳ねている。それは喜んでいるようにも、私達を哀れんでいるようにも見えた。