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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

フーという猫

文芸

派遣会社に務める京子さんの話。

ドライブの帰り、どしゃぶりの雨となった。
路面の状態も悪く、横風も強いなか、京子さんの軽自動車は慎重に山道を下っていた。それでも車体がガタガタと揺れるほどだった。
対向車線から、京子さんとは反対に山道を登っていく車が見えた。相当なスピードが出ている。

「危ないなあ、と思いました」

その車は何かに追われるように猛スピードでカーブを曲がると、京子さんの車とすれ違った。
その瞬間、ピカっと車の中が光ったように見えた。

「雷かな、と思いました。でも光ったのは確かに車の中だったんです」

対向車をやりすごした京子さんはなんとか麓の平坦な道についた。

後部座席でガサガサと音がした。何かがバックミラーの端に写った。

京子さんは路肩に車を止めると、後部座席を確認した。暗い社内の中に、虎柄の子猫がチョコンと座っていた。

「びっくりしました。どこから入ったんだろう?って」

その猫は暴れるでもなく、静かに自分の体を舐めていた。外の雨はさらに激しくなっている。

結局どうすればいいかわからず、京子さんは猫を自宅のアパートに連れ帰ることにした。
そして猫をフーと名付けた「Who(誰?)」という意味だった。

フーは京子さんによく懐いた。猫を飼うのは始めてだったたので、京子さんは大変だったが、フーはトイレの場所も覚え、賃貸アパートの壁に爪を立てるわけでもなく、いたって普通の大人しい猫に育っていくようだった。

ある日曜日、アパートに来訪者があった。カメラ付きのインターフォンで見ると、帽子を目深に被った男が立っていた。

「何でしょうか?」
「猫を引き取りたい」

とその人物は言った。
その時はペット禁止のアパートで猫の存在がバレたのかと思って焦った。

「猫は飼ってないですけど?」
「いや、いるはずだ。隠すとあんたの為にもならない」

しばらくインターフォンごしに押し問答をしているうちに、男は帰った。

どうやらアパートの関係者ではなかったようで、その後管理人が来ることもなく、京子さんはほっとした。


またしばらくして、京子さんの職場に新しい同僚が来た。
親しみやすい年上の女性で、京子さんはすぐに仲良くなった。

「でも今考えると、私とだけ仲良くなろうとしていたように思えるんです」

その女性は京子のさんの家に行きたがった。押しに負けて一度、自宅でご飯を一緒に食べる約束をした。


部屋に来るなり、彼女はキョロキョロと何かを探した。フーがやってくると、ハッとしたような顔をした。

「これあなたの猫?」
「本当は飼っちゃダメなんだけどね」
「やめたほうがいい」

最初は賃貸の一人暮らしで猫を飼わないほうがいいという意味かと思った。

「この猫普通じゃない」

彼女は言った。京子さんはすこしムっとしたが、無視して夕食の準備を続けた。

夕食になり、世間話もそこそこに女性がまた猫の話題をした。

「私、こういう事に詳しいから、気を悪くしないで聞いて欲しいの」

「この猫は殺されかけた呪術者が身代わりに使ったものなの。だから置いておくと良くないことがあるわ」


京子さんは猫を引き取りに来た、不審な男を思い出した。しかしその事は黙っておいた。

「なんとなく言う気にならなかったんです。だって、猫のことを言う時の彼女もなんだか変な様子だったし」

彼女もまた、同じことを口にした。

「私が引き取ってもいいわよ」

京子さんは断った。もうフーに情が移っていて、手放すということを考えることもできなかった。

「…しょうがないわね」

意志が堅いことを知ると、彼女はそれ以上、猫のことは言わなくなった。
フーはニャーと鳴くと京子さんの足元にまとまわりついた。


それから少しして女性は無断で欠勤するようになって、契約解除になった。まるで、その事を言う為だけに京子さんに近づいたような気がした。



「それからフーはどうなったんですか?」

私は猫の現状を訪ねた。

「いたって普通ですよ。最近餌を食べすぎて太り気味なんですけど」

と京子さんは笑った。