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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

ソ連のテープレコーダー

Aさんは小さい頃、両親の仕事の都合でソ連時代のロシアの田舎に住んでいたことがある。

当時のロシアの片田舎には外国人学校もなく、Aさんは地元の公立小学校に通うことになった。

学校では日本人は相当珍しく、アジア系の人種が多いその地域でもAさんは目立った。
というより、言葉もほとんどわからないAさんに話かける者はなく、遠くからこちらがわからない言葉でからかわれるような具合だった。

「子供でもなんとなくわかるんですね、バカにされているのが。辛かったですよ」

打ち解けたきっかけは水泳教室だった。ソ連の公立小学校にはプールがない。
なにかの行事なのか、Aさんのクラスは街中にあるプールに出かけた。

皆が水に顔をつけるのも苦労している中、日本で水泳が得意だったAさんは、そのプールで一人だけ見事な泳ぎを見せた。

それ以来、周囲のAさんを見る目が変わった。片言ながら、Aさんはクラスのグループに誘われて、帰りの寄り道にも付き合えるようになった。

「それで、ある日、あの建物に連れて行かれたんです」

古い建物で、誰も住んでいないように見えた。謂れがあるのかもしれないが、言葉が通じないのでわからない。
友達は廃墟のような建物の中を慣れた様子でどんどん進んでいく。

最上階の部屋には鍵がかかっていなかった。すりガラスで仕切られた、元は豪勢だっただろう部屋に入ると、中は散乱としてた。
お菓子の袋や、煙草などが無造作に落ちていて、どうも地域の悪ガキのたまり場になっているようだった。
リーダー格の男がくつろげ、と手振りでしめしたので、皆がめいめい自由に部屋で過ごし始めた。

「そこにテープレコーダーがあったんです」

その巨大なテープレコーダーは日本では馴染みのないマルチトラックのレコーダーで、複数のトラックがあった。
簡単に言うと、巻き戻しをせずに複数の曲を同時に録音したり再生できるのだ。

それは部屋に最初から備え付けられていたような様子で立派なテーブルの中央に置いてあった。

Aさんはなんとなく、テープレコーダーのスイッチを探した。ボタンを押すと、ボスン…ボスン…と断続的な雑音が再生された。

リーダー格の子が「それは鳴らないんだよ」というような意味のことを言ったような気がした。

それでもかまわずAさんはスイッチを色々いじってみた。
違うトラックには西側のディスコ・ミュージックが入っていて、
スイッチを組み合わせると、なかなかおもしろい音楽のようなものが再生されるのだ。

その様子がおもしろかったのか、いつのまにか人が集まってきて、皆でスイッチやツマミを操作して音を鳴らした。
音質は悪かった。Aさんは日本のスピーカーを繋げばもっといい音で聞けそうだな、と思った。

ひとしきり遊ぶと、テープが終わったのかカチャリと音楽が止んだ。
一瞬で皆は興味を失ったようで、めいめい壁際に座ってとっておいたお菓子の包みを開けて食べだした。

「それでもなんだか、私はテープレコーダーが気になったんです」

Aさんは少しだけ巻き戻すと、最初に雑音が入っていたトラックを再生してみた。

間延びしたテープによってピッチの安定しない調子の外れた音で、古い曲のようなものが再生された。

部屋が異様な雰囲気になった。曲の中でピッチの狂った女性の声で何かが歌われていた。

「私にはわかった気がしたんです。歌詞が英語だったんですよ」

Yuri died.Alexey died....

誰かが死んだということを延々と歌っているように聞こえた。
不穏な空気をかんじとったのか、皆が黙った。

その時、部屋の入り口のほうを見たAさんは凍りついた。

髪の長い女が、磨りガラスに顔を押し付けて、背中を向けて座っている子を見下ろしているのだ。

Aさんは悲鳴をあげた。テープがガチャンと音をたてて止まった。

いつのまにか女の姿は消えてしまった。

「それからあの建物には誰もいかなくなりました。女の人の話はしなかったんですけどね」


しばらくして、Aさんは帰国した。
ロシア語は最後までほとんど書けないままだったので、当時の友人との連絡はない。

「だからなおさら気になるですよね。あの部屋にいた子たちがどうなったのか。私の名前は呼ばれなかったと思うんですけど」

呼ばれていたらどうなっていたのか。それも気になりますけど、とAさんはポツリと言った。