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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

33歳のベースボールゲーム

「自伝を書けば5万円くれるってこと?シマさん本当にいいの?」
木村さんは意外そうに言った。
「いいですよ。ただし、ある程度長くないとダメですよ。4万字は書いてください」
私はきっぱりと答えた。

「原稿用紙100枚分でしょ。自然に書けばそれぐらいになるよ。」
木村さんは事も無げに言って「5万かあパソコン買い換えられるなあ」
と早くも皮算用をし始めた。

木村さん

会社を鬱病で辞めた私は、暇つぶしにネットに出会いを求めた。
その手の掲示板を使えば深夜1時に話相手を求める人間を探すことは容易だった。
不思議なことにそうして仲良くなった人物はどこかしら問題をかかえていたが、その中でも木村さんは一級の存在だった。

まず、無職である。
私より年上の33歳である。
そして、プロフィールには「話す相手がお母さんしかいない」と書かれていた。

最初に彼と話した時、身の上話になった。
私が正直にシステム会社を鬱病で退職した事を言うと、木村さんは「労災は?」と言った。
「そこまでは請求しませんでしたよ。原因が仕事にあるかはっきりしなかったし、会社とも揉めたくなかったので」
「どうしてよ。労働者の権利だよ!」
と木村さんは言った。
彼もまた、あるゲーム会社をメンタルの病気で辞めた人だということを、私は知った。

私達はお互い暇なこともあって、それからもよく通話をした。

木村さんには知的な面があった。たしかどこかの地方大学の文学部を出ていて、
会話の中で私がふと「言語空間」という言葉を使うと、すかさず「そういった単語は必要もなく使うものではないよ」と怒られた。
そうかと思うと、伝え聞く彼の日常は、パチンコと出会い系のサクラに延々とひっかかり続けるという、知性の欠片もない出来事で占められていた。

「パチンコってのはさ、勝った負けたじゃないんだよ。そこに至るストーリーなんだよ」
と木村さんは胸をはっていたし、5000円ほど課金して出会った地元の女の子にデートをすっぽかされても「場所がわかりにくかったかもしれないね。あれから返信ないけどさ」
とあくまで相手の悪意を疑うことがなかった。

その行動力や無邪気さが琴線に触れたのだろうか、私は彼の人生に特別関心を持った。

私は木村さんに、「自伝を書きませんか?」と持ちかけた。
「原稿料は出します。書いたものの権利も木村さんにあります。ただ書き上げて僕に見せてくれればいいんです」
「それシマさんに何のメリットあるの?」
「木村さんの物語が読みたいだけですよ。そうですね原稿料は5万ってところでどうですか?」

自伝

木村さんは「自伝」を書き始めた。
本人の希望で非公開のはてなダイアリーに原稿を書き進めていき、私がそれにコメントする形で編集、校正するという形をとった。

大学の卒論のこと
新卒でプランナーとしてゲーム会社に入ったこと
あてがわれたPCが古くてディスプレイが滲んでいたこと。

文章はところどころ怪しく、読みにくいものだったが、私はそれをいちいち指摘していった。
ダメだしばかりでは本人のモチベーションが下がってしまうと考えて、良かったところ、生々しい人生を感じられる部分は大げさに褒めてもみた。
木村さんも筆がのってきたようで
「これ友達に見せてもいい?、同人誌にして出してみてもおもしろいかもしれない」
と言い出したりもした。
「もちろんいいですよ。私は読めればそれでいいんで」と私は答えた。


1万文字ほど書いた頃だったろうか、だんだん文章が乱れてきて、意味を読み取るのも難しくなってきたと思うと、更新のペースが目に見えて遅くなった。

私の編集コメントが悪かったかもしれない。私は心配して木村さんに連絡した。
「シマさんのコメントはありがたいよ。友達にも見せたけど、『すごい的確で笑える』ってさ」
と木村さんは明るく言った。

「今さ、ネットラジオをやったりしてて忙しくてさ、申し訳ないけど待っててほしいんだよ」
「それはいいですよ。別に締め切りがあるわけでもないですし…」

しかし、「自伝」の執筆がそれ以上進むことはなかった。

話は、新卒の木村さんがゲームのマニュアル執筆に関わることになり、社長と内容について議論を行うところで止まっていた。


私も他のメンヘラ交友に忙しく、木村さんとその自伝のことも忘れかけていた。
ある昼下がり、木村さんのことを思い出した私は、彼がやっているネットラジオを聴いてみた。

ラジオでは木村さんがスーパーのレジ係に好意を寄せているという話で盛り上がっていた。
当時のネットラジオでは、リスナー用に掲示板が用意されていて、数名のリスナーが珍しい動物の反応をためすように、「レシートの裏に携帯番号書いて渡せよ」とか「指輪持っててレジ通してもらえよ」などと木村さんをそそのかしていた。
そういうリスナーの書き込みに木村さんは笑って「そういうのはダメだろー」と相変わらずの調子で返していくのだった。

「あ、もう時間だね。それでは最後の曲です。
ミッシェル・ガン・エレファントの『世界の終わり』」

64kbpsのギターが鳴り響いた。

世界の終わり

音楽がフェードアウトした後、私は木村さんにコールした。

「おーシマさん久しぶり」
「聴いてましたよ。ラジオおもしろいじゃないですか。」
「いやー全然リスナー増えないよ」

それから私は、自伝の話をした。
催促するわけではないんだけど、あの話その後どうなったんですか?と。

「あれから納期前になって、色々雑用しなきゃいけなくなってさ。」
「そこでも色々あったんだけど、こっちはマニュアル書かなきゃいけないし、テンパちゃってさ、納期前日だったかな?狂ちゃって」
「狂ちゃって?」
「まあいいじゃない。そのへんは。」
木村さんらしからぬ、曖昧な言い方だったので、私もそれ以上聞く気にはなれなかった。


「それよりシマさん。俺元々ゲームのプランナーじゃない?ラジオでさゲームの作り方っていうのをやろうと思ってんのよ。シマさんプログラマだったんだよね?」
「そうですけど」
「これ作ってみたんだけど、一度見てくれない?」

といって木村さんはファイルを送ってきた。展開してみると、HTMLとJavascriptで出来たゲームのようなものが出てきた。
私がそれを実行すると、粗末なグラフィックのピッチャーとバッターがブラウザに現れた。
ファミコン時代の野球ゲームのような画面だった。

「投球」というボタンを押すと、ボールも何も表示されず、真ん中に「2塁打」と表示された。

「これどうやって操作するんですか?」
「まだないんだよ」
「打席を進めるだけですか」
「そう。でも、ちゃんとゲームは進行するよ」

確かにランナーが二塁に現れた。
続けて「投球」ボタンを押す、「ヒット」、ランナーが二人になる。「三振」「セカンドゴロ」
ツーアウトになったところに「ヒット」が出て、1-0になった。その後は「サードゴロ」でアウト、チェンジ。相手の攻撃に移った。

「どう?」
「どうっていうか。ゲームとしては何とも…」
「そうだよね。これじゃあ、野球のシミュレーションだよね」
シミュレーションというか、サイコロを振って、ランナーを進めるだけのシステムに近い。

「でも見てると楽しいんだよ。けっこういい試合したりしてさ」
よく見ると選手のヘルメットの色が木村さんが好きなドラゴンズの「青」と、嫌いなジャイアンツの「橙」になっている。

「選手の能力とかあるといいですね」
私はせめてものアドバイスとして言った。
「そうだよねーでもなんだか、ここで満足しちゃって。なんだか続き作る気しないんだよね」

「あんまり無理すると昔みたいになっちゃうしさ」
「狂っちゃうんですか?」
「そう、なんかさ声が出ちゃうの。「あー」って。そんでそれが止まらなくなってさ」

そう言って、木村さんはゲーム会社を去った時の出来事を語ってくれた。

最初のゲームがリリースされる直前、抱えたタスクを処理しきれないと確信した木村さんは、突然深夜のオフィスで立ち上がり、「あー」と叫び始めた。
まわりが怪訝に見ているなか、その叫び声は延々と続いた。
何人かが、木村さんに声をかける。体を抱えて座らせようとするが叫び声は止まらない。
オフィスに一本調子の「あーーー」という声がずっと響き渡った。

誰かが救急車を呼んだ。

木村さんの記憶はここで終わっている。

33歳のベースボールゲーム

「ゲーム作りたいんだよね。それでも」
木村さんは寂しそうに言った。

木村さんのゲームは6回まで進んでいた。スコアは4-3でドラゴンズの1点リードだ。
確かにいい試合に見える。

このゲームを操作できるようにしたり、グラフィックを今風にしたところで、
何かが変わるだろうか、と私は思った。

ゲームの中の世界はこれはこれで完成しているようにも思える。
例えそれがコンピューターの計算する擬似乱数の結果だとしても、バッターはヒットを放ち、ピッチャーはピンチをしのぎ切る。

それは一つの世界に違いなかった。

木村さんの世界、世間からは終わってしまった後に見える世界が、このシンプルで、完全な世界を作ったのかもしれない。

「おもしろいですよ。このゲーム」
投球ボタンを押しながら私は言った。
「そう?」

ブラウザの中で、ドラゴンズのバッターがダメ押しのタイムリーを放った。


cult grass stars

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