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megamouthの葬列

長い旅路の終わり

ダーク&ロング

1

ほとんど暗闇のフロアに小さなスモークマシンが出した煙。そこに申し訳程度のレーザーが光る。
壁面にはVJの映像がプロジェクターで投影されているのに、WinAmpのVisualizationそのままで、僕はVJのいるブースを見上げたが、彼はリズムに乗りながらDJの名前をクルクル回転させるのに忙しいようだった。
肝心のDJはそれに輪をかけてひどい。有名どころのテクノ・トランスミュージックばかりをかけていて、さすがにアンダーワールドをかけることはないだろうと思ったけど、それも10曲目ぐらいで裏切られた。しかもBornslippy。いい加減にしてくれ。

僕はブースを取り囲む輪を離れて、壁際のソファーに座った。
一応はこのイベントのオーガナイザーの一人なので、イベントを見届けて、いや本当は盛り上げる責任だってあるのだろうけど、今回については、この身内だけの馬鹿騒ぎに付き合うのも今日限りだ、という決心を強くしただけだった。

ふと携帯のメールを見ると、先にDJプレイを終えた友人のマルが近くのファミレスにいるという。
いいタイミングだった。
僕は、その小さなクラブの重い扉を開け、地上に出た。


幹線道路沿いを少し歩く。深夜の道路には法定速度を大幅に超過した車が行き交っていた。
ちょっとバランスを崩して、道路の真ん中に躍り出れば、僕の体は人体模型のようにバラバラになってしまうだろう。
そうなれば楽なのにな、という考えが頭をよぎる。それは半ば冗談で、半ば本気で、遠からずそうなるだろうという確信がある。

2

ファミレスにたどり着くと、マルが見知らぬ女性とピザを頬張っていた。
「おつかれ」
僕はマルの前に座る。マルは神戸ではそこそこ有名なDJで、高校の同級生だった。
このイベントにマルを呼びたいという知り合いの頼みで、マルと知己がある自分が、形ばかりのオーガナイザーという役を引き受けたわけだけど、今となっては後悔しかない。

「おつかれ。まあ盛り上がってるからええんとちゃう?」
それでもマルは上機嫌でビールを飲んだ。僕はほっとして、マルの隣の女性を見た。
髪の色は黒、太っちょで、大げさなマスカラをつけて、お世辞にも美人と言えなかった。

「こいつはサキ」
マルはそう言って女のほうを一瞥すると、面倒そうに紹介した。
「こいつはシマって言う。高校の時の友達。曲作ってる奴だよ」
「曲作れるんだ。すごいね」
とサキは言った。

「サキが踊るとブオンブオンって音がなるよな。まわりが避けてたよ。レコード回しながら笑いそうになったわ」
とマルが笑った。そういえば巨体がDJブースの前をクルクル回っているのを見たような気がした。

「うっさい。初めてなんだからしょうがないだろ」
サキが口を尖らせる。気安そうだ、意外と付き合いが長いのかもしれない。

「私、マルの彼女じゃないからね。クラブに連れてってくれるっていうから来た」
僕の考えを先回りしてサキは言った。ああそうですか。
「サキさんはマルと大学が一緒なの?」
僕は尋ねた。
「サキでいいよ」
といってドリンクバーのコーラを一気に吸い込んだ。
「違うよ。サークルが一緒なだけ。この前入ったんだ」
といって、サキはある女子短大の名前を上げた。マルや自分には偏差値的にもなかなか接点のない大学だった。
「頭悪いからなサキは」
「うっさい」

「サキはなんでサークルに?」
確かマルは大学の音楽サークルにも入っていたように思った。
「シマも曲作ってるんでしょ?作り方教えてよ。私歌いたいんだ」
ボーカリスト志望ね。その風体では無理があるようにも思ったが、まあどうでもいいか。
「何系の曲が好きなの?」
「えーと。カーペンターズとか!」
椅子からずり落ちそうになった。クラブに来ておいて、カーペンターズもないと思う。
「そういう曲は作れないなあ。コードも違うし」
「でもいいよトップ・オブ・ザ・ワールド。聴いたことある?」
「あるよ。いい曲だけど。好みは違うかもね」
皮肉まじりに答える。長々とカーペンターズトークをされてもかなわない。

3

「で、シマってさー彼女いんの?」
話初めてから30分ほどだが、サキはすっかり場に馴染んで、というより最初から何の遠慮もなかったように思うが、不躾に聞いてくる。
「モテモテだよ」
マルが2杯めのビールを飲みながら言った。
「だよねー。女の子に興味なさそうに見えるもん」
「それは逆じゃないのか?」
僕は言った。
「そういう男もモテるもん。で?いるの」
「いたけど別れたよ」
僕が答えると、サキが黙った。「あっそ」とでも言うかと思ったのだが。

「ごめん。辛かったね…」
しばらくの後言った。
「そうでもないよ」
僕が言うとサキは意外そうな顔をした。
辛いということはない。意外なことは何もなかったのだから。と僕は思う。

その後、サキと僕は携帯の番号を交換した。
知らない人間と話す時の独特の抵抗がサキにはなかった。そういう女もいるんだな、僕は登録されたサキの番号を見ながら思った。

4

「もっしー」
サキの電話は次の日からかかってきた。
「いきなりだな」
「昨日はありがとね。そんでさー」
とサキは今日友達との帰り道にあった出来事の話をしてくるのだった。
何故そんな話を自分にするのか、何の意見を求めているのか、さっぱりわからなかったが、何故か切る気にはなれなかった。

「で、どう思う?」
「ようわからんけど。サキが悪いんじゃね?」
と適当に答える。
「なんでよー」
サキはその度に怒る。その怒るのが楽しくて、いつの間にか長電話に付き合ってしまうのだった。

「眠くなってきたから寝るわ」
サキは言って、電話を切る。
深夜2時。一人暮らしのTVすら置いていないこの部屋に現実が流れ込む余地はない。

シンセのスイッチを入れる。LCDの明かりが暗闇の中に浮かび上がる。
キーボードを適当に叩いて、メロディーを探す。循環コードを試す。

ふと電球色に照らされた廊下が見えたように思う。
彼女が通り、二度と戻ってこないだろう廊下。

メロディーは感傷を生まず、コードは陳腐だった。
僕は彼女を愛していたし、おそらく今でも愛している筈だ。
だが、もはや、僕の電子楽器は彼女と、彼女の住む世界に通じる回路を失ってしまっている。

5

着信音で起こされる。午前11時。まだ寝ている時間だ。
「もっしー」
「今日は早いな」
やはりサキだった。
「うーんとね。ちょっと事情があってさ、家行っていい?」
「はあ?」
「お願い!マルは大学だし、他に行くとこないんだわ」

まあ夜までなら、と僕は渋々承諾した。道順がわからないというので、駅まで自転車で迎えに行った。

「シマの自転車。笑えるー」
サキはいつも通りだった。愛用のママチャリでも二人乗りすると、後輪がパンクしそうなので、二人で家までの道を歩く。


「生活感ないなー」
サキは家に上がり込むとさっそくくつろぎ始めた。家には音楽の機材といくつかの文庫本があるだけだ。
「暇ならTVつなげるけど。機材のどっかにある」
「いいよ別に」

間が持たないので紅茶を淹れた。正式な紅茶の淹れ方をすると時間がかかる。その間は黙っていられるし、何より脳が休まる気がする。

「お母さんと喧嘩しちゃってさー」
それでもかまわずサキはキッチンの向こうで話し始めた。
「ほら、うちお父さんいないじゃん。喧嘩始まると止まんなくってさ」
「あーあ。私も彼氏と別れるんじゃなかった。こういう時、家行けるのに」
「けっこうイケメンだったんだよ」
ずっと喋っている。

2組のティーカップを無言で、テーブルに載せる。
「なんで別れたんだ?」
僕は一応聞いた。
「浮気。何回もされたからさ」
それじゃしょうがないな。

「美味しいね。この紅茶」
「ありがとう」
「でもひどかったんだよ。付き合ってる間、よく笑われたもん」
「なんで?」
「彼氏、背も高くて、顔はイケてるからさ、私と比較されてさ」
「他の女がなんでこんなのとつきあってんの?って私の前で言うんだよーひどくない?」
「それはひどいね」
紅茶をすすりながら言った。目はさっそく錠剤を探し始めている。


「でさ、シマはなんで別れたの?」
僕は答えず、錠剤の入っているケースを開けた。無造作に5,6錠を飲み込んで、テーブルにあったジャックダニエルで流し込む。
「なにそれ?」
睡眠薬
「寝るの?今から?」
「いや、もうとっくに効かなくなってる。酒と一緒に飲んだら、一日が早くなる」
「なにそれ!」

サキは初めて怒った。
「そういうのダメだよ。なんでそんなことするの!」
僕はぼんやりとした頭で考える。
「早送りだよ。人生を早送りするんだ」

サキの行動は早かった。テーブルにあるジャックダニエルの瓶を取ると、ボトルを外して、シンクに全部流した。
無遠慮にキッチンの扉をあけまくり、酒の類を全て同様にした。料理酒にも容赦はしなかった。

「別れた理由はわかるだろ?」
キッチンで奮闘するサキに僕は言った。
「まあね」

作業を終えたサキが帰ってきた。全身からウィスキーの香りが漂っている。
「でもね。シマ。その理由はあんたが思っているのと違うよ」

顔がこわばる。皮膚が頭蓋骨に貼り付いているような感覚。僕は怒っているのかもしれない。
「あんたがダメになったからじゃないよ、きっと」
「…じゃあ何なんだ?」

「あんたが彼女を認めなかったからだよ」

なんとでも言えるさ。と僕は思ったが、薬のせいで頭がまわらない、反論が出来ない。
いつもの灰色の壁が四方からやってきて、僕を閉じ込める。体は極度に緊張している。牢獄のように精神だけが閉ざされて、サキの声が遠ざかる。

6

目が覚めると夕方だった。サキはいなかった。

しばらくすると、電話がなった。
「もっしー」
「今日は悪かったな」
「いいよ。もうああいうことをしないならね」
「…」
「明日、私暇なんだけど、どっか行く?」
「嫌だけど、行かなきゃいけないんだろうな」
「もちろん」

いいよ。もう諦めた。

「私もさ、一つシマに言っとかないといけないことあるんだよね。」
「何?」
少し緊張する。


「私の本名。サキじゃないんだ」
「へえ」
「本名は冬子なの。冬に生まれたから冬子」
「そうなんだ」
「でも私って春って感じじゃない?だからサキ」
「そっか」僕は何の感動もなく言った。「でもその理由は嘘だろ」

「よくわかったね」
サキが感心したように言った。
「冬子って名前はお父さんがつけたんだ。でも、もうお父さんいないからさ」
「そっか。いい子だなサキは。」
父親が娘に言うような口調で僕は言った。

「えへへ」
サキは少し照れる。

さて、明日はどこに行こうか。
僕は、街をサキと並んで歩く光景を想像した。
それはやはり、不釣り合いに見えるだろうか?


Dubnobasswithmyheadman (20th Anniversary Remaster)

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