megamouthの葬列

長い旅路の終わり

実を言うとこの業界はもうだめです

以前書いたように、Web業界は今月で崩壊するだろう、と私は予見していた。

仕事をさばききれず、納品遅れ、または検収拒否、あるいは品質を犠牲にして納品した結果、顧客サイトで致命的な障害を引き起こすだろうと考えていた。
賢者ぶって予言したのではない、去年(2018年)の3月の時点で現場にいた人なら誰でも予想できたことだ。

新人の討ち死、中堅層の崩壊、古参兵の離脱。それは全て去年に起こったことだからだ。
知能と呼べるものを持つなら誰でも、一度起きたカタストロフィの上に築かれる2018年度は、前年を上回る壮絶な年になる、と考えたはずだ。

私が経営者なら、十全の準備をして、あるいは果断な構造改革をして(それでも遅いかもしれないが)この年と年度末に臨んだろう。
しかし、私は経営者ではない。それを実行する判断力も能力も資本も持ち合わせてはいないし、そこまで不運な身の上でもない。
私は取引先が、喉元過ぎれば熱さを忘れて、春の陽気に安堵するのを見ていた。
それは目の前に開かれた底なしの黒い沼が一瞬でなくなったような、のんびりした様子だった。

つい私も、心配しすぎたのか、と思った。春に入社した新卒は楽しそうな顔をしているし、中途採用が捗っていないのは少し気になったが、当事者達がそれほど危機感を持っていないから、このご時世、そんなものか、と思ったのだ。

2018年の12月になった。

まず、新人が大量に辞めた。新卒も中途採用も全部だ。全部。
とはいえ、これは毎年見られる現象ではある。しかし全部、というところと、時期が早すぎるのが気になった。

年が明けて2019年1月。苛烈な仕事が降ってきた。至急でお願いします、という言葉が添えられた、悲壮感の漂うメールと、常軌を逸した納期設定に、一体どうしたのだ、と私は馴染みの担当に電話して実情を聞いた。

12月末納品ができなかったんです。

私は言葉を失った。落としたのか。12月に!?

納期遅れというのはこの業界では死に直結するレベルの失敗だ。やらかせば、ほぼ確実に出禁になる。代理店経由なら、そこ絡みの仕事は一切受けられなくなる。だから、人によっては、命を削ってでも(削らせてでも)、間に合わせるのが納期だ。

とはいえ、それは度々発生する。訴訟社会ではない日本では、検収不可すなわち訴訟というほど、すぐに厄介なことにはならない。オプションを無料にするなどのサービスを餌にして、リスケを発注者に飲ませて仕切り直すことでリカバーする。
なんとか形だけの納品をすませて(例えばバグを放置して)その翌月にフォローする事も多い。

年度末開けの4月、5月というのは比較的仕事が少ない。だから読者の中にも、春のポカポカ陽気の中で、浮かない表情で3月に無理くり納品したシステムのバグ取りをした人もいるだろう。
自転車操業も甚だしいが、リスケだったり、納品失敗のリカバーをそういう時期にするから、まだ助かっていたところがある。

しかし、それが12月に起こっているのである。

12月納品が失敗したということは、1、2月にリカバーしなくてはならない。そして1、2月に人手を取られるということは、3月の納品が危機に陥る、ということを意味している。

連鎖的に全てが崩壊するのではないか。

私が心配することではないが、担当氏とは長い付き合いだった。私は彼の体調を気遣った。体だけは大事にしてくださいよ、社交辞令を超えて、真実に声をかけた。見積もりを少し迷ったが「年度末料金」は乗せないことにした。

幸い、分割納品という手口を使ってその案件は無事にすませることができた。私は担当氏にお礼を兼ねた電話をした。
案件の最後のほうは「下記お願いします」式の雑なメールしか送ってこなかったけど、事情を察してはいたのだ。
しばらく待って、担当氏の誠実そうな優しい声が電話口から聞こえた。

このらびは、ごじんろくいただけありがろうごらいました。
(この度はご尽力いただき有難うございました)

ろれつが回っていなかった。

マジヤバイ。と私は思って、とにかく、しばらくお休みになったほうがいいですよ、と声をかけた。いえいえ、ご心配らく(なく)と担当氏。

こういう時、人はどうするか。他の人は知らないが、私は逃げる。俺もうね、逃げる。
こんなものに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないではないか。

ごめん担当氏。生きてたらまた会おう。

と私は念じて、以降のメールには「生憎、年度末につきスケジュールが埋まっておりまして…」とお答えして今に至っている。

来たメールから判別するに、3月末に納品絶望な案件は少なくとも3、私が関わっていない納品遅れの案件が2はあるようだ。

以上は、大阪の請負Web制作会社の話である。
東京はまだキラキラしてらっしゃいますか?でもね、御社のその案件、もしかして下請けに丸投げしてやしませんか?営業担当は大丈夫、って言ってますか?
いやーどうなんでしょう。私の知ってる会社だけだったらいいんですけどね。
いや本当。

その担当の人、ろれつ回ってます?




というわけで、しばらく逃亡生活に入るので、ブログの更新止まります。enjoy!


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笑えなければ沈黙するしかない

最初から断っておくとこの文章に読む価値はない。
どうにも心のわだかまりが消えぬので、書いてしまおうと思ったのである。だから読んで楽しいものではないことは承知で、書いている。

憂鬱の原因はピエール瀧の逮捕である。
こう書くと実に間抜けに見える。ピエールで瀧で、逮捕である。PVか何かで電気グルーヴが法廷で死刑判決を言い渡されるシーンがあったが、それと同じぐらい滑稽な字面である。

好きなアーティストが逮捕される、というのは世間的に見てもそう珍しいことではない。マッキーも岡村靖幸も薬で捕まったし、マッキーはともかくとして、岡村靖幸はけっこう好きだったので、経験したことのない体験かというと、そうでもない。

でも、ピエール瀧の逮捕は、自分の中では意味合いが異なっているのである。
なにしろ、私はとりわけ電気グルーヴというバンドを愛しているし、彼らの生き方そのものに影響を受けてきたからである。

*

私が度々言及する「クワイエットルームにようこそ」という映画がある。
出来れば視聴をおすすめしたいが、せめてあらすじぐらいは、他のサイトで見ていてほしい。
以降この映画を知っているものとして書く。

私はこの映画をうつ病で会社を退職して、何もせずに部屋でゴロゴロしている時期に見た。ソファに寝っころがって、酒(ワンカップ)をチビチビやりながら見た。
松尾スズキだし、メンタルヘルスを扱ったブラックなコメディだと思っていたからだ。

この映画は、途中まで軽快に進んでいく。
内田有紀演じる佐倉明日香が、自殺未遂と間違えられて精神科の閉鎖病棟に入れられ、松尾スズキの悪意の込もったユーモアで彩られた、精神病棟のドタバタが続く。
悲劇でもなんでも、全てを笑ってしまえ、というおなじみの価値観が通底していて、私は安心して所々で挟まれたギャグで笑う。

しかし、佐倉がオズの魔法使いのドロシーの靴を履いて目覚めるところから物語が急変する。

両足の靴をコツンコツンと鳴らすところから、オズの魔法が始まるように、彼女がこの靴を手にした時、彼女の犯した罪が一気に暴かれていく。
大竹しのぶ演じる西野の完全に常軌を逸した絶叫に、私は青ざめる。

佐倉の入院は主治医の誤解ではなかった。彼女は本当にオーバードースしていたし、その理由は当然ながら、全く笑えるものではなかったのだ。

全ては笑えるものではなかったのか?
将来の見通しもなく、薄暗い部屋で酒を飲んでいることだって、何でも笑ってしまえばいい、そうではなかったのか?

そんなわけないでしょ。

ふと真顔に戻った松尾スズキの横顔が浮かんで、腹のあたりがズーンと重くなって、私はそれ以上酒をすすめる気を失くしてしまった。

*

見ようによっては、何でもおもしろい、だから笑いとばしてしまえ。
というのは、この生きづらい世の中でやっていくために、私が編み出した処世術、この世界との関わり方の、核心に近いものだった。

そして、それを体現していると私が思っていた人が、(本人の実際とは別に)電気グルーヴ石野卓球ピエール瀧だったのだ。

コカインをやることなんて、大したことじゃない、という見方もあるかもしれない。私の大好きなマニュエル・ゴッチングなんて、レコーディングの最中にドラッグをやっていたわけだし。ドラッグをやってるアーティストは海外にもゴマンといるわけだし。

でも、そういう事ではないのだ。

なぜなら、私がちっとも笑えないからだ。
コカインやって逮捕というのは、道徳的にも社会的にもダメとか、逮捕したり大騒ぎするほうが悪い、とかそういう問題ではなくて、ただ、みっともない。

護送されるピエール瀧の顔をTVで見て、何も言えなくなってしまう自分に、驚くほどに脆い土台に立っていた自分に、ただ愕然とするのである。
そして、心の中で「クワイエットルームにようこそ」の西野が、あの加虐の悦楽に満ちた顔で

「みんな不幸になったぞ!ほらどうした?笑えよ!おもしろいって言えよ!」

面罵するのが聞こえるのである。

*

笑えない。ちっとも笑えないよ瀧。
世の中にはどうしても笑えない事がある?
知ってたよ。そんなこと知ってたに決まってんじゃん。

あんただって知ってたんだろ?だからやるべきじゃないとか、そんな馬鹿なことは言わないよ。
俺が悪いんだよ。あんた達がやってることを勝手にかっこいいと思ってた俺が悪いんだよ。
わかってるよ、そんなこと。

あーあ。明日からどうすっかな……


ズルイ

つい、身も蓋もない話をしてしまう。
してから、された方が閉口するのを見て、しまった、と思う。
後悔はするが、不思議な爽快感が残っている。多分に性格が悪いのだろう。

零細企業で受託仕事をやっていた頃、元請けの会社に向かう道すがら同僚が言った。
「またITmediaはてなが取り上げられてましたね。自社サービスやってるからですかね」
まだ、はてなのマスコット犬しなもんが健在で、伊藤直也Perlを書いていた頃の話である。
その時、私は機嫌が良くなかった。多分、向かう先の元請けに嫌味の一つも言われようという道のりであったのだろう。
id:naoyaのキラキラした顔を思い出して、意地悪くなって、身も蓋もない事を言いたくなった。

「社長が京大出だからじゃない?」
高学歴のネットワークというものがある。コネがなくても、大学のブランドがある。キャリアをふってベンチャーをやってるなら、そう悪くもない会社なのだろう、と思ってもらえる。
どだいスタートが違うから、最初からある程度の事ができる。ネームバリューのある仕事をとって、テック系メディアにも露出できて、優秀な人が集まって、サービスを育てる余裕が出来る。
もちろんそれなりの運とセンスがないと出来ないことではあるけども。

滔々と語った。
私にしては、留保というものをしない言い方で、対して我が社に、そんな目などない、という意がこもってしまった。

聞いて、同僚はムッとして黙りこんだ。横顔を見ると、そんな事はわかってますよ、とでも言いたげであった。

また違う時、知り合いの若いフリーランスと飲みに行った。「単価が下がって苦しい」という話になった。
railsをやれば、djangoとか、あるいはscalaとか、そういうのが単価がいいんでしょうかね。とそのPHPプログラマは口にした。
私は呆れて「それより営業じゃないかな?」と言った。
彼は意外な顔をした。
エンジニアのフリーランスにエージェントや紹介以外のまともな営業行為などない。
もし電話営業や飛び込みをやってるフリープログラマがいたら、そいつは破産目前だ。
「営業ってどういう?」
と少しは興味を示して言うので、私はしめしめ、とスコッチに浮かぶ氷をくるくると回した。
まず、会社を作る。それで大手広告代理店のOBを役員にするんだよ、出社なんてしてもらわなくていい、彼らに毎月、役員報酬をバラまくんだ。
そのうち、同期のOBが社長をやっている会社に出資しないか、と言ってくる。その会社には、彼らが元いた代理店から高単価の仕事が山ほど降り注いでいるから、下請けとして年に2,3本もこなせば十分食っていける。
「技術を磨くより、確実な方法だよ」
と締めくくると、どこにそんな金やコネがあるんですか、と呆れられた。

誰も口にしない話だから、そこに真実が含まれるのではないか、と考えるのはひねくれた帰結で、皆がそう言ってるのだからそれは真実なのだ、と変わるところのない、ただ浅はかな考えだ。
とはいえ、どちらにも一定の真実が含まれるなら、私は身も蓋もない話のほうが好きだ。それは現実の残酷な一面を強調する。だからこそ、そそられるし、自分の心をいたぶっている時の、積もり積もった業を断罪される時の、ある種の気持ちよさがある。

私の特殊な性癖はさておいて、残酷な現実――世界はエリートと金持ちたちのもので、私たちが浮かぶ手立てはさしあたり存在しない――を前にして、どういう態度を取るか、ということがその人の人生観を決めてしまう部分はある。

いささか旧聞に属する話だが、こういう話があった。

bunshun.jp

この秀逸な記事の最後に、筆者の

その背景にあるものは、一体何だと思いますか。

という問いかけがある。いや、問いかけというより、文中で語られる、情報弱者を搾取する、なんとかサロンとかインフルエンザーのような悪辣な連中の存在を強調する、結びの言葉にすぎなかったのかもしれないし、現代社会のありようへの問題提起なのかもしれない。

だが、私はしばし考え込んだ。そしてまた、身も蓋もない話が思い浮かんだ、というわけだ。

ここまで語ってきたように、今現在、成功していない人というのは、現実を拒否する部分がある。
拒否して、山奥に住みつく仙人よろしく、例えば、年収150万円で幸せに暮らそうと試みる。
しかし実のところ、彼らの心の奥底には、成功への渇望が、マグマのように沸々と脈打つ葛藤やらコンプレックスが、相も変わらず流れ続けている。
薄暗い部屋の中で、豆のスープをつつきながら、お城で開かれる絢爛豪華な舞踏会を想像して、頭を振る。あんなものは自分とは関係がない。と言い聞かせる。でもいつの間にか視線は郵便受けに向かっている。何かの幸運によって、うちにも舞踏会の招待状が来てやしないだろうか、と惨めたらしく偏執がこもった目が、見つめている。

彼らに正式な招待状が届かないにしても、似たような幸運は起こり得る。
例えば仮想通貨とか、何かの連鎖商法のような、王道を歩く者が知ることのない道を、舞踏会に至る勝手口に通ずる奇妙な道を見つけ出すことがある。
実際のところ、ほとんどの人間は勝手口を通る前に、怖い守衛に見つかって追い出されるし、下手を打つと堀に投げ込まれて溺れ死ぬことになる。しかし、勝手口を通るこの生き方の、タチが悪いところは、ごく稀に、10万人に一人ぐらいの割合でもって、「本当に成功する」人がいることだ。

彼は舞踏会に首尾よくもぐりこんで、衣装部屋から盗んだタキシードに身を包み、言う。
「そんなに難しいことじゃない。なんでみんなやらないの?」と。

確かに、彼は特別何かをしたわけではない。一昔前に炎上したことがあったかもしれないが、狙ってやったわけではない。
重要なのはあの時、勝手口に向かったことで、それ以外にさしたることをしていない。

10回以上じゃんけんで連勝するなど至難の業に思えるが、約6.5万人が隣の人とペアを組んで勝ち抜けじゃんけんを繰り返せば16連勝する人が必ず一人出てくる。じゃんけん大会の勝者によれば
「なにより大事なのは、このゲームに参加することなんだ。さあ参加しよう!」

こうして、彼らは勝手口人生に情報弱者たちを誘い始める。手にした大金を使って、今度は本当に「営業」できる立場になって。

はてさて、私はこのような現実で、死ぬまで素朴を貫けるだろうか、と不安になりもする。


私は髪を切ってもらっていた。
美容師に切ってもらうほどの身なりをしていないが、若い時から通っている美容室がある。
「どうですか仕事は」とボサボサになった髪を手にとりながら、担当の若い女性が言った。
私は、なんともクサクサしていて、つい、身も蓋もない話をした。
この世界が、金持ちクラブとごくわずかな成功したバカで成り立っていることを、訥々と語った。

「えー!そんなのズルイ!
鏡を見ると、私の伸び放題の襟足を刈ろうと、彼女はバリカンを構えている。
そうか、ズルイ!か。ズルイで良いのか。と私は思った。
「ズルイよねー」
バリカンの感触を頭で感じながら、私は笑って、ポンチョのようなクロスの下で腹を抱えた。


百 (新潮文庫)

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