megamouthの葬列

長い旅路の終わり

かくして経営者は人の道を説く

茶店で紅茶を飲んでボーとしていると、隣席に男性二人組が座った。
両方とも中年から老人にさしかかった齢に見え、体格に合わせた肩幅の広い良いスーツを着ているが、どこか下卑てもいて、一見して中小企業の経営者仲間に見えた。

二人の声が大きいので、その気がないにも関わらず、会話が自然耳に入ってくる。彼らが話しているのは、誰かの悪口のようだった。
「100万貸したんやで、100万」
と禿頭のほうが言った。
「それはどうなったんや」
もう一方が尋ねた
「未だに返してこうへん。100万やで100万!」
最後のほうは息切れするような口調で、憤然とした様子だった。

どうも、禿紳士は社員かビジネスパートナーか、その人物が彼の元から去ってしまったこと、以前に貸した金も返しに来ないこと、を怒っているようだった。

さらに言葉を重ねているうちに、また腹が立ってきたのだろう。喫茶店の弛緩した喧騒の中で、彼は一際大きな声を出した。

「人の道を外れとる!」



この事があったからなのか、以下のツイートを見た時も私はそれっぽいな、と思った。


それっぽいというのは、経営者っぽいな、という意味である。
見城氏は幻冬舎の社長なので、それっぽいも何も経営者なのだが、ビジネス上の紛争を「義」をもって断じようとするあたり、いかにも、という感じがするのである。

出版業界に疎い私は、幻冬舎という会社をよく知らない

リアル鬼ごっこ」を出したとか、百田直樹の美しい日本の本を出したとか、元少年Aの告白本を出そうとしたが、東野圭吾がキレそうだったので辞めたとか、知っているのはその程度のことだ。
だから、その社長である見城氏のこともほとんどわからない。

案外、前漢創立者劉邦のような「義」の人なのかもしれない。そうでなければ、自分に代わって、天に誅を命ずるような大それたことは中々言えない。

冗談はさておき、一部の経営者が「人の道」とか「義」とか「筋」を、やたらと説きたがることがあり、それを昔から私は訝しんでいる。

例えば、給料が安いので辞めたい、というごく単純にして非の打ち所のない退職理由を経営者に述べたとする。
普通の論理で言えば、それは、辞めようとする人が生み出す価値が少ないか、不当に低く評価された結果であるので、もし引き止めるとすれば、彼の働きぶりとビジネスへの貢献度を再評価して給与を設定しなおすか、昇給を約束しつつ、別の仕事を提案すれば良い。

その条件で、なおも彼が辞めると言うのであれば、どうやっても当社のビジネスモデルと資本では、それ以上出すことはできないわけだから、残念だけど、仕方ないね。で終わる。

ただ、こういう形で終わった、という話を聞かない。
こちらは誠意を見せている。とか、
無責任だ、代わりの人が決まるまで待つべきだ。とか、
みんな我慢しているのに、自分だけ良ければいいのか。とか、
なにやら、妙な価値観で説得しようとしてくる。
この価値観を理解するのは簡単だ。
結論から言えば、これらは全て「人の道」「筋」「義」の話なのである。

証拠に全ての言葉の最後に「それでも辞めるなら、人としておかしい」「筋を通せ」「恩義を忘れたのか」をそれぞれ何でもつけることができてしまう。
つまりはその程度の主張であり、説得である。

私なぞは、自分が常道を逸し、人でなしとして生きている自覚を持っているので、こんな事を言われても「はいはい、孔子孔子」的に手を振ってそのまま会議室を出て行ってしまい、その後喫茶店で「人としておかしい」と罵られることになっても何も思わない。だって事実だし。

それはさておき、特別、儒教に傾倒しているわけでも徳をコアバリューとしたガバナンスを行なっているわけでもない普通の経営者がなぜ人倫にやたら厳しいのか。

私は、それは彼らが普段、善悪の境を常に漂っているからではないかと、思う。

下請けに無料のスペックワークを要求するとか、役員営業で意味不明の値引きをして、その尻拭いを社内に回すとか、会社の金で飲み食いするとか、赤字決算で昇給はナシだけど、役員報酬は増額とか、日頃、金の出し入れについてデタラメをやっているから、彼らは金に関する善悪の基準を失っている。

一方で、彼らは経営会計の最高責任者でもあるので、金に関する「許せない線」をどこかで引く必要に迫られている。
例えば、社用車として新車のBMWを購入して、私用で乗りまくってる身の上で、備品のノートパソコンを持ち帰ったまま退職した従業員を「悪」と断定しなければならない。

それはそれ、これはこれ、お前は俺が気に食わないからアウト、ぐらい言えれば大したものだが、彼らも自分のやっていることの矛盾には気づいている。
だから枝葉末節はともかくとして、ぼくのかんがえたわるいこと、を「悪」として断じられる体裁のいい価値観を使いたい。

そこで経営者が飛びつくのが、「人の道」という、漠然とした、儒教風の道義的価値観である。

もちろん誰であっても「人の道」を説くことは許されている。
許されているが、普通の人が簡単にそういう事を言わないのは、あまり意味がないからである。
仮にあなたがマルチにはまる同僚に「人の道」を説いたとしても、そんな大上段の説教に感動して、自分の考えを曲げてくれる人は少ないだろう。そんなものより、個人の信頼関係のほうが説得力を持つことがほとんどだ。

一部の経営者は社員から信用されていない。当人もその事を無自覚にしろ理解している。
同時に彼らは「人の道」を語ることが可能だと思い込んでいる。なぜなら会社で一番エライし、その、あれだ、人生経験とか月商とか、自信を裏打ちする理由には事欠かない。
たとえその価値観が、自己の矛盾を覆い隠すために編み出されたいかがわしい代物であったとしても、「人の道」を説き、他者に、自分に対して善良で優しい人間であり続けることを恥じらうことなく、期待できる。大げさにいえば、それこそが経営者の素質なのだ。


違う側面もある。
独善的な価値観がもたらす最大の機能は、人を「真っ当な人間」とそうでない「人でなし」に分けることにある。
例えば先の退職者の例で、いくら「人の道」を説いて説得しても、社員が給料のために退職することになったとする。

「人の道」を説くという儀式を経てもなお、退職を選んだ社員は、その瞬間、出て行ってもらっては困る人材から、この会社から一刻も早く出て行って欲しい「人でなし」に変わるのである。

漫画でもドラマでも、それまで仲良く付き従っていた仲間が別れるシーンを見ると胸が痛くなる。ベルセルクのガッツがグリフィスの元を去るところとか、今読んでもけっこうキツい。
グリフィスはあれでいっぺんにおかしくなってしまって、その後ゴッドハンドになるのだが、あの時、夕日に立つガッツの後ろ姿にグリフィスがこう言えば、また違った展開にもなっただろう。

「今まで世話になった恩を忘れたのか!
大人ならちゃんと筋を通して辞めろ!
お前は人としておかしい!」

こうして、振り返ったグリフィスは呆然とするキャスカやジュドーたちとほんわか鷹の団ライフを楽しむのである。
チャンチャン


生き方―人間として一番大切なこと

生き方―人間として一番大切なこと

僕らのSIerワンダーランド

この業界に入る前、私はいわゆる電電ファミリーと呼ばれるNEC富士通、OKI、日立のような巨大ベンダーには、さぞかしハイレベルな開発体制があって、マネージャーから一兵卒に至るまで中小零細とは全く異なる頭の良い人たちが、日夜世界を相手にしのぎを削っているのだ、と信じ込んでいた。

私がそれらの会社と最初に関わりを持ったのは、00年代のはじめ頃、しがない零細Web屋でサラリーマンをしていた時分で、平凡でつまらない業務系Webシステムのエンドクライアントが件の巨大ベンダーだった。

弊社は4次請けぐらいの位置にいて、商流の間に何も作れないグループ会社や代理店が幾つも挟まっている。発注元の巨大ベンダーはさぞかし大枚をはたいていることだろう、と素朴に思った私は社長に尋ねた。

「天下の○社さんなら、こんなシステム簡単に内製できそうですけど。外注するものなんですね?」

少し首を傾げて社長は、餅は餅屋ということだろう、と答えて、語らなかった。
確かに当時のWebシステムは海のものとも山のものとも知れぬ代物で、荒くれ野武士が集まったような制作会社が多かった。
源平の頃の、公家と武者のイメージが浮かんで、私はそういうものか、と納得した。

その案件は結果的にポシャってしまったが、その後も、私と巨大ベンダーとの関わりはあった。
公共系の案件の末端に入った時などは、グループ会社ではあったが私の名前で名刺を作ってもらったことまである。

その頃に見た巨大ベンダー本体のSI部門の印象は、SEがやたらラブリーというものだった。
新卒で入って3年目ぐらいのSEだったと思うが、通りいっぺんの知識を持ちあわせてはいるが、実務に疎く、段取りに失敗しては、エンドクライアントである自治体の担当者に怒られていた。
そんな時でも、彼は、勘弁してくださいよー、という体育会系の軽い後輩のようなキャラクターで乗り切ってしまう。下請けである私にも腰が低くて、どうにも憎めない男だった。
さぞかしいい大学を出ているだろうに、なるほど巨大ベンダーのような利害関係の調整が主になる業務にはこういう人物が適しているものかもしれない、と私はひとりで感心した。

ある時、私たち下請けが、件の会社の大阪支社に集められた。東京にいるグループ会社とテレビ会議をする予定だったのだ。
ところが、いっこうにテレビ電話がつながらない。テレビ電話システムも、その会社謹製のものだったので、私たちはどういう表情をしていいのか困ってしまった。
30分ほど試行錯誤して、そのラブリーSEは言った。「電話を使いましょう」

彼は電話器をとって、東京に電話をした。とはいえ、会議である。その電話機には、ハンズフリートーク機能もない。

結局、ラブリーSEが受話器を握りしめて、誰それの発言をいちいち東京に向かって復唱する、という形で会議を進め始めた。
汗だくになりながら、東京側の発言を私たちに繰り返す彼の姿を見ながら、さすがに私もこの時ばかりは、この人は単に馬鹿なんじゃないのかな、と思ってしまった。


一度だけ、さすが巨大ベンダーだな、と思わせることがあった。
システムのミドルウェアにトラブルがあって、私たち下請けが責任の押し付けあいをしていた時のことだ。
話がこじれにこじれて、さすがのラブリーSEも途方に暮れていた時、奥からいかにも出来そうな眼鏡のSEがやって来た。
彼は私たちから事のあらましを聴くと、すぐに色々なところに電話をかけはじめた。
そしてあっという間にミドルウェアを商用のものに置き換える決断をして、リプレースの段取りと、費用面の算段をつけてしまった。

トラブルを解決すると、その人はさっさと案件からいなくなった。きっと次の炎上現場に向かったのだろう。

そうそう、昔は巨大ベンダーといえば、こういう人ばかりがいるものだと思っていたんだよな、と私は感慨にふけった。


クソ雑魚プログラマである私が知っている巨大SIerの不思議な世界とは大まかにこういうものだ。
悪いところばかり書いているように見えるかもしれない。そりゃ私だって、研究所からやってきたスーパープログラマが、鮮やかにカーネルパッチを当てて帰っていく所とか、凄腕PMがアジャイル開発技法で複数ベンダーを巻き込んだスクラムを見事にやり遂げる話を書きたいが、そんなものを見たことがないので、書きようがないのである。

今になって思えば、巨大ベンダーがSIの分野でやっていたのは、下請けと、自社との信用ギャップを利用したビジネスということになる。
顧客に対しては大手だから大丈夫だと思わせて仕事をとり、下請けに対しては大手だから確実な入金がある、と期待させてその利ざやを稼ぐ、というわけだ。

構造的に、このビジネスに技術的な知見はほとんど必要とされない。そういう人間はトラブルシュートをできる程度にいれば十分なのである。

ずいぶんと温い商売に思えるが、さすがに最近はそのビジネスにも限界が来たようだ。
大手の領域にまで進出してきた中規模ベンダーのせいなのか、そもそも無理があったのかは知らないが、彼らはSIビジネスを縮小させ続けている。


その凋落を聞き及んで、彼らには本当のところ何が必要だったのか、と考える。

技術によってソリューションを提供して、顧客の問題を解決する。

ただ、その泥臭い技術を彼らは持っていない。ご自慢の研究所からやって来るのは、何の役にたつのかわからない基礎技術や、天上世界のクオリアであって、今まさに必要になっているOracleとJava8のブリキ細工とは似ても似つかない。
自分たちの看板技術で、出来ないとなれば、どこからか買ってくるしかないのだ。

下請けを頼むにしても妥当な額というものがあって、高すぎれば受注を逃して上司にどやされるし、安すぎれば下請けが離反してしまう。
技術の価値を正当に判断できるかどうか、というのがこの信用ギャップで稼ぐ会社のたしなみと言えるだろう。

そういう視点で見ると、最近になっても彼らは技術者の一人月がいくら、といった神話で知られる、もはや誰も信じていない不思議な数字をずっと使い続けていて、技術の価値を測る手段を、そして、それを持って顧客を説得する手段を、最後まで得られないまま、この世界から退場しようとしている。

つまるところ、巨大ベンダーにとってのSIビジネスは、中核の巨大な資本と、神がかった一部の技術力を背景に、資本にも技術にも寄与できない地頭がそこそこ良いだけの人材を配置して、金を稼ぐ「仕組み」だったのだろう。
彼らがSIをやっていたのは、そういう人材を間接部門に置くよりは多少儲かっていた、というだけに過ぎない。そしてその幸福な時代も終わってしまった今、彼らは「そこそこの人たち」を切り捨て始めている。

www.orangeitems.com

巨大ベンダーが退場したあとで、世に正義がもたらされるかというと、そうでもないだろう。
今はまだ、大手の1次請けをやっていた中途半端に有名な会社が、代わりに大きな顔をし始めただけだ。
彼らのやり方も、ほとんど同じであって、結局は同じ轍を踏むように思える。


旧世界の信用が価値を失って、全てを世界市場のアルゴリズムが決定する荒野を、自由競争という黒旗を持って疾走する死神が、肥大化した構造物の中にいる、苦悩する者、奮闘する者、ただ生き残った者に、まとめて死を告げてまわっている。

私たちが今見ているのはそういう弑虐の初めである。

技術を志し、配属された巨大ベンダーのSI部門で我慢し続けた人には気の毒、というほかない。


本当に気の毒なのは、それによって仕事を切られたり、単価をジリジリ下げられるSIerの下請けのほうなんだけどね。まあそっちはいいや。

ではまた。


実況!パワフル・プロ商談

(歓声)

実況「さあやってまいりました!顧客と営業の憧れの舞台、全国プロ商談大会。
今年のテーマはITシステム、会場は札幌ドームとなっております」
解説「楽しみですね」
実況「プロ商談とは、馴染みのない競技ですが、この大会の見どころはズバリ何でしょうか?」
解説「そうですね。下請法など、様々なレギュレーションがある中で、顧客がどのように脱法、いや、回避して、単価を下げさせるか、また、営業がそれをどう向かい撃つか、に注目していただきたいですね」
実況「おっと、そろそろ最初の試合が始まるようです……」

(ドームのオーロラビジョンに会議室の映像が映し出される)

実況「歓声がプレーヤーに届かないようプレイ自体は他の場所で行われるのがこの競技の特徴となっております」
解説「将棋の対局のようのものですね」

(映像にテロップ。歓声が上がる)

実況「商談ステージは、レ○パレス本社A会議室です。解説さんこれは盛り上がりますね!」
解説「はい、今年最も熱い商談と、責任のなすりつけあいがあった場所ですから。運営は最高のステージを用意してくれましたね」
実況「さて、そこにプレーヤーの登場です。営業が下座の一番奥に鞄を置きました。顧客は自然上座に向かう。いい手ですね!」
解説「そつがありません」
実況「さて、プレイ商談!」

*

顧客「システム一式に1000万という見積もりですが、こちらの予想を超えています」
営業「算定の根拠として明細をご用意しています」
顧客「ふむふむ。この打ち合わせ費用というのは具体的には?」
営業「御社にて行う週1回の定例会議にエンジニアを参加させることになりますので、拘束時間分の金額が発生します」
顧客「定例会議は進捗の確認なので、人数を限定できます。エンジニアの出席は歓迎しますが、必須ではありません。またこちらはTV会議でも一向にかまいませんが」
営業「それでしたら、こちらは少し下げられますね」
顧客「あと、サーバー費用も高いように思いますね」
営業「EC2のスポットインスタンスを使用する計算になっています」
顧客「ベースを比較的安価のリザーブインスタンスで、スポットインスタンスで変動する負荷に対応するということはできませんか?」
営業「そのぶん運用手順が増えますので、その金額分が、安くなる、ということにはなりませんが、サイトの負荷状況をモニタリングしながら、自動化していけばトータルで安くなる可能性は高いです」
顧客「結果的に、金額が変わらなくても、こちらとしても運用実績ができるので、その方向でご検討いただけますか?」
営業「わかりました」
顧客「あと、システムの仕様ですが…」

*

実況「終始、理性的でクレバーなやり取りでした。最終的には、顧客側は76万円の値引きに成功、営業側も継続取引できそうな雰囲気です。これはお互い高得点ではないですか?」
解説「論外ですね」
実況「え?」
解説「結果を待ってみましょう」

(オーロラビジョンに採点が表示される。 顧客:12.3点 営業:5点)

実況「えぇ……得点の解説をお願いします」
解説「まず、顧客側ですが、減額の根拠にこだわったので、ほとんど値引きできませんでした。10%以下の値引きであれば、他の業者に頼めば簡単にしてくれます、商談をする意味がまるでなかった、と言われてもしかたありません」
実況「いや、根拠もなく10%も値引きする業者は大丈夫なんですか?」
解説「そういうことはプロ商談には全く関係がありません。逆にこういうハイスキルなベンダーに発注すると、うまくいったとしても、顧客側の担当者は『会社の金を使って楽をする奴』という陰口を叩かれます。上司の評価も芳しくないでしょう」
実況「うーん。なかなか難しい。しかし営業の点数は?こちらは減額を抑え、構築時の無駄な作業も洗い出したかと思うのですが」
解説「根本的にルールを理解していない、としか言いようがありませんね。
まず、高く請ければいいというものではないんです。発注金額を聞いた、顧客の情シスや、現場がどう考えると思いますか?『そんな予算があるなら、うちにもまわせ』です。必ずプロジェクトの途中で乗り込んできて引っ掻き回してプロジェクトは破綻します。それに継続取引の可能性も低いと思います」
実況「ちゃんとやってくれそうなベンダーに見えますが」
解説「システムの改修やメンテナンスを発注するにしても、同じベンダーの言い値で発注することは許されません。必ず減額されます。なまじ予算があるので、他のベンダーも請けたい仕事になってしまっており、価格競争が発生して、継続取引どころか叩き合いになることが確定しますね」
実況「なるほど……奥が深いですね……」
解説「これがプロ商談のおもしろいところです」

*

顧客「1000万!?冗談でっしゃろ!」
営業「相場並みというところでございますが……難しそうですか?」
顧客「当たり前やがな!こんなんジョークですわ。ジョーク。うちにこんな金がありまっかいな!」
営業「上長の裁量で、今回に限り、多少はお値引きできるかと思いますが」
顧客「実際、いくらなんの?」
営業「いや、一度持ち帰らさせていただいて…」
顧客「500万にはしてくれはるんでしょ?」
営業「えっ、いやそれはちょっと、難しいかと」

*

実況「優勝候補の顧客です。初手から思い切った手ですね。しかし一方的な値引きは独禁法その他で問題になりそうですが?」
解説「これは字義通りにとるべきではないですね」
実況「違うんですね」
解説「すぐに金額を口にしてますが、これは長い戦略の序盤にすぎません」

*

顧客「500万や言うても、これでもうちとしては精一杯頑張ってるんやで?御社やから500万。営業はんやから500万言うてますんや。他の業者やったら、そうやな、400万がベースになるな。御社以外に500万で発注することはないで」
営業「しかし50%の値引きというのは、社長決済が必要になりまして」
顧客「せやから、私かてね今1000万のものを500万でよこせ、そない無体なことを言ってるんとちゃうんよ?1000万言うても、そこには実際はいらん機能やら、サーバーをごっついええのん使ってたりする部分があるんとちゃう?そういうのをな、ここで、協力して、なんとか500万という金額に近づけていこう、言うとるわけよ」
営業「仕様を変更するとなると、今度は技術のものの意見が必要になりまして」
顧客「せやったら、エンジニアはんを連れて来たらよかったんやんか。でもおらんもんは仕方ないから、こちらで、おたくの見積もりの高すぎる部分に赤ペン塗っといたから。ほら、だいたいこれで工数ベースで25%は削れるやろ」
営業「あ、なるほど確かに。しかしこれでも500万には……」
顧客「あとは、営業はんのがんばりやで。御社とは長い付き合いやけども、ここだけの話、今回の見積もりを見たうちのボスがえらい怒ってしもうてな。もう取引停止にしたらどないや?まで言うとるんよ。もちろんわしは大反対よ。御社のほどの会社やから、うちのシステムは大きな事故もなくやってる、何かあったら飛んで来てもらえる。御社との友好な関係があるからや。
安い業者を使って何かあったら、困るのはうちでっせ。と。こう言っとりますねん。
確かにこの案件では御社はトントン、もしくは損するかもしれん。けどな、長い目で見たってえや。こんなことで、わしらとの繋がりが切れてまう、というのはもったいない話でっせ。
御社はしっかりした会社やから、うちぐらいの客なくしてもええかもしれん。けどな、営業はん、あんたは困るやろ?あんたのせいで、うちとの取引全部なくなりました、いう話になっても困ると思うんよ。長い付き合いやから、わしとしても営業はんにはいい目を見てほしいんよ」
営業「……はい」

*

実況「ちょっと雲行きが怪しくなってきましたが、最終的に、発注金額は512万でジャッジになりました。どうですか」
解説「顧客はもちろん高得点が期待できますね。営業もそれほど悪くなかったですよ」
実況「え?」

(採点  顧客:75.5点 営業:45.5点)

実況「色々納得できないところはあるのですが、まずは顧客の解説をお願いできますか?」
解説「大阪弁というところにまず皆さん着目されるのですが、これはレギュレーション違反を目立たせないテクニックにすぎません。
彼は商談で、ダブルフリップというのですが、2回の問題のすり替えを行いました。この技の技術点が加算されています」
実況「2回ですか?」
解説「まず、1回目は、500万という数字に目を向けさせつつ、金額の問題からの転換を図っています。『御社だから発注するのだ』という言葉で、金額の多寡から、弊社からの仕事を御社が請けるのか、請けないのか、という二元論に持ちこんでいます。
それでも持ちこたえる営業に2回目の転換が炸裂します。ついには、「長い付き合い」と「激怒するボス」という存在を強く匂わせることで、請ける、請けないの問題を、弊社と付き合い続ける、絶縁するの二択に持っていきました」
実況「営業の立場で、縁を切るとは言えませんね」
解説「はい。実を言うと縁を切られて一番困るのは顧客側なんですが、顧客側はそれをおくびにも出しません。あくまで営業個人の立場を追い詰めることで交渉を有利にしています」
実況「なるほど。よくわかりました。しかし営業の得点もそれなりにあるのが理解できませんが……」
解説「難しい顧客から、仕事とったじゃないですか」
実況「そりゃそうですけど。まったくペイできませんよ」
解説「ペイできるかどうかは営業の得点には全く反映されません。ペイできるかは下請け、制作側の努力によります」
実況「クソかよ」

*

顧客「ようこそいらっしゃいました。どうぞどうぞ」
営業「ありがとうございます。プロジェクターは。あ、HDMIつながりますね。それでは始めさせていただきます」

*

実況「最終組は少し変わっていますね。顧客側の人数が多い。役員が勢揃いではないですか。営業側は若者一人で、服装が非常に身ぎれいです。高級腕時計をつけていますね」
解説「これは期待できそうですね」

*

営業「まず御社のポジションニングは、ランチェスター戦略の観点からも厳しく、キャズムを超えることができるか難しいところです。当社独自のカスタマージャーニーマップでの分析によればコンテキストマーケティングが有効であると…」

*

実況「さっきから営業が何を言っているのかさっぱりわからないのですが」
解説「顧客の顔を見て下さい」
実況「ああ、皆様ニコニコしてますね。時々頷いています。顧客の関心分野に特化したプレゼン、ということなんでしょうか?」
解説「関係ありません」
実況「は?」

*

営業「以上が、当社が提案する内容となります。」
顧客「わかりました」
営業「お見積書は事前にお送りしておりますが」
顧客「1000万ということでしたね。結構です。やりましょう!」
営業「ありがとうございます!」

*

実況「終了です……採点は……」

(採点  顧客:95.5点 営業:105.5点)
(大歓声)

実況「どういうこと?」
解説「バックグラウンドがわからないと理解できないと思うんですが、あの営業の若者はベンチャーの社長です。そして、この会社の社長の次男坊なんですね」
実況「あー」
解説「適当に何か言えば、受注できます」
実況「あー」
解説「顧客も無意味で害のないシステムを無事発注できました。社長の前でご子息を褒めちぎる準備も万端です。高得点です」
実況「死ね」
解説「世の中そんなもんですよ」


実況「……というわけでいかがでしたでしょうか。全国プロ商談大会。次回の開催がいつかは知りませんが、私はもう関わりません!それでは皆様さようなら!」


女子高生社長、経営を学ぶ

女子高生社長、経営を学ぶ