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金がないのである。
どうしてこんなに金がないのか。
花輪和一の「刑務所の中 (講談社漫画文庫)」(私はこの漫画の台詞を全て諳んじることができる)から引用すれば、「貧乏の天才だな」と言ったところである。
フリーランスWebエンジニアである私は、多少案件規模によってディスカウントはするが、人日あたり、3万~4万とることにしている。つまりは、私を1日中(8時間)働かせると3万円以上の金額が発生する。
これはフリーランスのエンジニアとしては、少なくとも大阪では、高いほうだ。
なので、クラウドワーキング的なサイトの相場を見て、しかもそれが受注に至っているのを見かけると、怖気がつく。
私の単価で、同じ仕事をこなすとすれば、3時間かそこらで実装を完了させ(しかも一切のバグを出してはならない)、メールのやりとりは2~3通以内、といった具合でやらなければならない。
実装については、やってやれないこともないかもしれないが、コミュニケーションはそうは行かない。何故こういう仕様になっているのか、あるいは、後出しで要求された仕様を想定工数内で実現することが何故不可能なのか説明することに、実装より時間がかかることがある(なので、赤字になることは承知で、実装工数を割いて無茶な要望を実現してしまうことがある。説得するより、そっちのほうが損が少ないからである)
で、金がないのである。
単価がそれで、金がない、ということは仕事がない、ということだ。
要因は色々とあるが、ようするに私はスマートではないからだと思う。
PCですでにデザインがかっちり出来上がってしまって、CSSが固定幅のピクセル指定されてしまっているHPのレスポンシブ化とかいう、ムゴい案件があっても私は、CSSパーサーと適当なSCSSミックスインを組み合わせて比率計算をやり直して、なんとかしてしまう。
ある日から、そういう仕事をくれていたクライアントからパッタリ話が来なくなった。 それとなく、会社訪問して、世間話の隙にどうなってるか聞いてみると、単価の安い制作会社に頼むことにしたのだという。
そこは、いつも私に渡しているムゴいHTMLを見て、まず「無理だ」と回答し、その後、全てをbootstrap化することを要求したらしい。そしてその会社の社長は全コーダーに「bootstrapで書けえ」と命じたわけである。
ふむ。ならば、あとはbootstrapのクラス名を調整すれば済む作業になる。つまりはbootstrapが書けるエンジニアなら誰でも出来る仕事になったということだ。
顧客に何も要求せず、言われた事を忠実に実現するのが自分の仕事だ、と思ってきたが、それはスマートでなかったということだ。
そもそもお前んとこ、そういうHTML書けるんかよ、早く言えよという思いもあるが、クライアントからすれば、私は単価を安くできたのに、その方法を示さなかった悪徳エンジニアだったということになる。
この卑屈な結論の是非はともかくとして、こうして私の仕事が一つ無くなった事に変わりはない。
後、私が生き残る術があるとすれば、重厚で複雑なビジネスロジックが満載されたアプリケーションの構築、といったことになる。こちらは、RFPの握りあいの政治闘争から、仕様決め、インフラ設計まで、私の経験と強みが充分に発揮できるし、他にそれほどフリーランスの競合もいないところだからだ。
だが。こちらはこちらで問題があって、製作期間が折衝やらを含めて短くても半年ぐらいになってしまい、簡単に言えば、その半年間、一切の収入がなくなって、こちらのキャッシュ・フロー(酒代)が枯渇するのである。
着手金を貰うという手もあるが、あまり上手くいった試しがない(なぜならクライアントにもそれほど潤沢なキャッシュ・フローがないからである)
なので、そういった仕事は社内の稟議が頓挫して、結局とれなかったり、そもそも話として回ってこない。というわけで仕事がないのは変わらずである。
あとはもう、自分の人月売りしかない。
人売り企業の軒先に、頭にリボンでもつけて、「アチキを人月60万で売ってくださいまし」と飢饉の時の貧農の娘が如く、売り込むしかあるまい。
今の所それだけはやらなくて済んでいるが、時間の問題だろう。
20年に渡る鍛錬と経験の末、私生活をなげうって、家庭を持つことも諦めて、技術を磨き続けた人間に待っているのはこういう末路である。
ここまで読んできて、「可哀そう」と思う心根の優しい読者は僅かであろう。この文章にブコメがあるとすれば、「営業下手すぎ」とか「単価下げれば済む話」とか「東京に行けば?」とか「そもそもマネジメントも営業もできない奴はフリーやめろや」になるに違いない。
まあ、それで本当に発注してくれたり、就職させてもらえるんなら、喜んでブコメ主に従うが、どうせそんなつもりもないだろうから、私は最近飲み始めたストロングゼロ(この酒は安い日本酒より遥かに危険な酒であり、なんからの法的規制がかけられるべきだという確信を日に日に強めているのだが)を飲んでバーカバーカと罵るつもりである。
ただ、私の境遇に一つの教訓を見出すとすれば、若者に混じって、LaravelやらAngularやらReactやらを学んだ所で、ある一定の年齢になった時点で、それだけでは無意味だということだ、ということである。
フリーランスを使う側になってみて欲しい。未熟だが人日2万代でも充分な若者なら、成果物の品質や、リスクはともかくとして、そもそも安いし、多少の無茶を言っても口答えしてこないだろう。 そんなところに私が、人日3万の値札を付けて表れたらどうなるか。確かにトラブル回避能力はあるかもしれない。仕事の進め方も知ってるので、担当者がアホでも、なんとなく物ができてしまうという効用はある。
だが、それらは全てクライアントの努力で回避できることだ。
つまり、仕事をしたがっているのは私だけではない。クライアントも仕事がしたいのである。
時流に乗り遅れてるのであれば、社内のエンジニアが追いつくことが最優先課題であって、私に金を払って誤魔化すのは非常手段にすぎない。
業務フローがよくわからない新人がいるのであれば、教育すべきであって、私に金を払って、ビシバシしごいて貰ったら、培った発注ノウハウは単価の安い外注で活用した方が良い。
安い会社にリスクがあるのであれば、万が一の時のために、私か、クラウドワーキングサイトにいる貪欲なエンジニアを使えば良い。
全て当たり前のことなのに、エンジニアの技術バカはそういうことに気がついていない。
なので、私のように金がなくなるのである。
吾妻ひでおの「失踪日記2 アル中病棟」(私はこの漫画の台詞をほとんど諳んじることができる)によれば、「貧乏すると卑屈になるね」とある。
貧乏とは一つの病である。
病を抱えると人間は卑屈になる、ささいな事で怒り出す。飲食店の店員など、自分より立場の下のものを見つけると、途端に居丈高になる。 こうした醜さの全ては病の為せる技である。
例え、心根が優しく、人格的に出来ていて、論理的で、理不尽を嫌う、真っ当な人間、例えば、私でも、病にかかれば、多少はおかしくなるものだ。
貧乏だけでは揺るがなくても、そこにうつ病とか、メタボリック症候群だとか、糖尿病だとか、アルコール依存症とか、そういう病を笑点の座布団のように積み上げていけば、いつしか人格は荒廃し、すっかり嫉妬深くなり、街中で美人を見かけただけで、彼女が一生、自分とは無縁な人生を送るのだという、何の変哲もない事実そのものに苛立ち始め、高級外車が路上に駐車しているのを見れば、ハンマーで窓を叩き割りたくなる衝動にかられるのである。
かように病はおそろしい。「貧乏」もまた理不尽に、多少の油断につけ込んでくるという意味で、医学的病と変わることはない。
あまり関係の話をするが、「うつ病の人間に3億あげたら全員治るって結局甘えじゃん」みたいな言説が定期に繰り返されるが、それは3億円がうつ病と貧乏の合併症の半分を治し、かつ、働かなくていいという環境がうつ病の根源的原因を取り除いた結果、治るのであって、素人でも機序のわかる話を自分でしておいて何故結論が「うつが結局甘え」になるのか、私には理解できない。
それはさておいて、つまりは金がないし、就職先もないし、人売りは買ってくれないし、というのが私の中年の虚無感の源泉である。
この連作では、虚無を描いてきたつもりだ。
なので、こうした自分の虚無を語って締めとしたい。本当は、上で語ったことを小説風にしようとしたが、救いを入れたくなってしまったのでやめた。
救いなどねえに決まってんだろ。甘えんな。
さて、そういうわけなので、私は、死んだのです。
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