はじめまして。面接官をAIがなされることもあるんですね。少々とまどっておりますが、よろしくお願いします。
自己紹介をさせていただきます。大学を辞めて25年、Webを中心に実績を積んできました。とはいっても、キャッチアップもしておりまして、最近ですとTypeScriptですか、ええ、サーバーサイドもクライアントサイドも両方、いや広く浅くといった感じでして、いやあ、お恥ずかしい限りでございます。
実績ですか、そうですね直近ですとAIを使ったLINEチャットボットなんかをやっておりますね。そうですそうです、OpenAIのAPIを叩く感じでして、フロー制御を工夫したりして、はい。
あとは、スキルシートに書いてあるものになります。……その、結局のところ技術スタックを見る感じなんでしょうか?ええ、そういう意味では現代でもマッチしていると思いますが、そうですか。単にコーダーとしては難しい感じなんですかね?はい、年齢は47歳でして、管理経験、とかそういうことになりますか。いや、それでしたら、ええアーキテクト、PM的なことも、ええ若い頃からやっておりまして、例えばですが、官公庁向けのCMSですね。そうもうかれこれ15年以上前の案件になりますが、ええ、官公庁とボカしておりますのは、その機密的にややこしい所ではございまして、ええ、その要件というのが、「絶対ハッキング被害に合わないこと」というのがありまして。
当時のCMSと言いましたら、WordPressであるとか、MovableTypeなんかもありましたが、規模が、5000ページほどありましたのでね、中々難しいところでした。Drupal、modXなんかが日本でも少し流行りだした頃でございましたが、そのへんのものもちょっと採用できませんでした。というのもPHPの脆弱性が毎月のように報告されていた時期でございましたから、おそらくまずかろうと考えたわけです。そこで、私なりに頭をひねりましてね、VPNで隔離された環境に更新系の管理画面を置く、そこでHTMLを生成して、パブリックサーバーに置く、ということであれば、まあセキュアにできるだろうと、ユーザー側のロジック、例えばコメント機能なんてものはありませんでしたから、パブリックサーバーは完全にPHPが動作しない環境に出来るわけです。であれば色々とこう特定の脆弱性とは無縁でいられますからね、そういう設計にしまして、ええ、これは上手くいきました。ただCMSとしてはほぼフルスクラッチになりました。ページの削除とともに参照されたリソースを管理する必要があったりして、色々と大変でしたが、なにぶん私の人月なんて安いものでしたから、ええ…
価値ですか?それがプロジェクトにどういう価値をもたらしたか?……どうなんでしょうか。最初から金額が決まっている案件でしたから、追加のご褒美なんかがあるわけではありませんし、もちろん運用なんかは随分楽が出来たと思うんですがね、PHPの脆弱性に慌てなくても良い環境は用意できたわけですから、ですが、それが市場でどういう価値をもたらしたかと言われると、特にない、ということになるんじゃないでしょうか?おかしいですか?運用が楽になったからコストダウン出来たとか、脆弱性を突かれなかったから、緊急対応工数がかからなかったとか、そういう言い方はしようと思えばできます。できますが、全て仮定の話でございましょう?となれば、価値としてはない、ということになると思うのですが、違いますか?
なるほど、価値という言葉を市場価値以外に求めれば、あるでしょうね。心理的価値とでも言うのでしょうか。私たちの心の中にある価値、良いもの、安全なものを作ったという自負はございます。例えば先の案件の元請けの社長なんかは、もう引退して、郊外で悠々自適の暮らしをされておりますが、その社長から、今でも時々、食事に誘っていただきましてね、奥様の手料理なんかをいただいて、社長が申すには、あの時代、色々な公共機関がハッキング被害にあって、我々には何もなかった。これは君の設計のおかげだろう、と。そう言ってくださります。酔ってのことではありますが、ありがたい話でございます。
ですが、狭い意味での価値というのでしょうか、そのものズバリ市場価値というものにしても、そういった判断のそれぞれに価値がつくわけではございません。アーキテクトと申しても所詮は孫請の業務委託の身の上でございますし、何かそれで何かが蓄積したということもないのであります。証拠にほら、他の面接では、もちろんそこでは人間の方が出てこられるわけですが、こうしてお話しても、次に呼ばれることはございませんので、おそらく価値はない、ということなんでしょう。少なくとも47歳の厄介そうなエンジニアを雇う動機づけにはならない、と、そういうことではないんでしょうか?そうでもないと説明がつかないと思うのですが、いかがですか?
……もう一つ証拠があります。そのシステムの更新年度がやってきましてね、私たちも用意したのですが、PHP製のCMSにとって変わられたのです。ええ入札です。ここで、新システムがハッカーにやられて、みたいなエピソードでもお話できれば収まりがいいのかもしれませんが、そうではないのです。運用の問題こそあれ、そのシステムは立派に動いて今でも動いているのです。
これをどう考えればよろしいでしょうか?私たちは至誠を尽くした。しかし入札では負けた。要件があって、要件を満たすさらに安いソリューションがあれば、そちらが採用される。アディオス。ということです。つまり私たちは市場経済の中で敗れたわけです。安くすることができなかったわけですから、あるいは、そこに付加価値をつけることができなかったわけですから。
やはり申し上げて、価値はなかったのであります。だいたい私のやったことの大半はそうなのです。メールの問題が報告される。切り分けを行う。ログを分析する。スプールを調査する。結果としてはクライアントのOutlookの設定の問題が見出される。この時、私がやったことは何だとお思いですか?トラブルシュートの価値?いえいえ、トラブルシュートに価値などありません。最初から木で鼻をくくったような返事をしても問題がなかったわけでしょう?我々には問題はありません。把握することも対応することもいたしかねます。と返したほうが、工数ははるかに少なくなります。そして、誠実な対応をしなかったからといって、会社が罰せられるわけではないのです。
もちろん社会としては、デヴィッド・グレーバー言う所の社会的損失という意味では違いがありましょう。ですが、そこに値札がつかない以上、ここに価値はないということなんです。ええ、お察しのとおり、私はその論理を完全に内面化しています。私が今までなしてきた事の市場価値は0であること、ボーナスが3万円だったこと、今、職にあぶれていること、全て説明がついてしまうのです。ここまでの扱いを受けておいて、この論理を理解できないほど私は愚鈍ではないのですよ。
こうした社会的損失が最終的にはどうなると思いますか?株価は上がり、企業の純利益はうなぎ上りに上って、私たちがボロキレのように扱われる結果どうなるとお思いですか?Amazonで注文した荷物はドアで指を切断した配達人が届けるかもしれませんし、届けないかもしれません。予約したホテルには部屋があるかもしれないし、ないかもしれません。ロボタクシーは高速道路の真ん中で停止するかもしれません。ですが、それでいいのです。今ある状況こそが私たちが下した選択なのです。カフカの不条理小説のような現実が日常になるだけです。例えば私などはすでにこの状況を理解して受け入れていますよ。そもそもそうでなければAIによる採用面接などというふざけた状況を受けいれるわけがないではないですか。それ以外に選択の余地があったというのですか?AIが私の人生を左右する。AIの応答に誠実に答えた人間がボロ雑巾のように捨てられる。これをカフカ的と言わずに何をカフカ的というのですか?
質問はありますか?どうなんですか?……答えてください。答えなさい。答えろよ。クソAIが、黙ってんじゃねえぞ―――
〈ユーザーの攻撃的な言動を検知したため、面接を終了します。採用可否は追ってご連絡します。本日はありがとうございました〉
