というエントリを読んだ。
書かれている内容は大まかに事実だし、「人売りIT企業滅ぶべし」という主張にも賛成である。
私自身も、何の付加価値も生み出さず、プロジェクトリスクも引き受けず、登録制の特定派遣制度がなくなったとたん、SESとか準委任契約がどうとか、法の抜け穴を探して、それらを「人身売買」とうそぶいて悪びれない経営者は、死後、テンプレートが一切禁止され5000ほどの謎のマクロが存在するC++(実質C)で、関数名に仕様書のモジュール番号がつけられていて、更新履歴を全てコメントで残すタイプの1万人年のプロジェクトを一人でやり続ける地獄に落ちればいいと思っている程度には「嫌い」である。
だが、それは前掲のエントリの主張とは違って、単に自分にはできない方法で楽に儲けくさった連中に対する嫉妬が主になっているので、
本稿では、多重請負構造の害悪とか、多重派遣の違法性、ビジネスモラール云々という話はしないし、できない。
そういったものは、前掲のエントリのブコメや、関連エントリなどで存分にやっていただいて、日本のIT業界全体の問題として、非技術者を含めた皆が、問題意識を共有して欲しいと願うものである。
人売りIT企業に向かう人々
さて、ではここで何を話したいというかというと、一つは人売りIT企業で実際に売られる立場の人間とはいかなるものか、という事である。
考えてみれば、人売りIT企業が扱う「商品」である、ITエンジニアというのは、珍しくもないが、ありふれてもいない、という程度には希少な存在であり、それらが「供給」されなければ、彼らから報酬をピンハネする人売り商売というのは成立しない。
ITエンジニアが皆、制作会社やエンド企業などで正社員や契約社員として雇用されていたり、合法の大手人材派遣会社にこぞって登録していれば、無意味で違法な中間搾取業者など存在できよう筈もないのだ。
だが現に、彼らは人売りIT企業に向かう。何故か?
まあそれは個人それぞれに事情があります。と言ってしまって話が終わりなのだが、せっかくなので、幾つか私の見聞きしたケースを書いておきたい。
ITエンジニアになりたい人
人売りIT企業が採用している人材には、ITエンジニアになりたいが、何の実績も持っていない、という人がけっこういる。
新卒で入った会社を1年で辞めた彼らが、早速IT企業に転職だ!というわけで大手の求人サイトを見てみると、特定の言語の実務経験が3年以上とか、ある領域の業務知識を必須として求められる。そういった実績がない場合は、よほどコミュ力があることを面接などで主張できない限り門前払いである。
では、新卒カードを何らかの事情で手放してしまい、やはり手に職が欲しい。コミュ力もないので、ITエンジニアがいい(その選択もどうかと思うが)といった人はどうすれば良いというのだろうか。
Perlの作者、LarryWallのように大学で学び直して修士でもとる、という選択肢は日本にはほとんど存在しない(そもそも学費をどこで稼げばいいというのだ)、他にもベンダー資格やIPAの国家資格を独学で取るという方法もあるにはあるが、バイトでもしながらそれらの資格をとるには尋常ではない意志力と努力が必要だし、そういった座学の人を気前よく雇用して、貴重な実績をつませてあげる企業もそれほどないので、割に合わないと言える。
そういう人に用意されている道は、公的にはハローワークの職業訓練ということになっている。
これなら失業保険を貰いながら、勉強ができる。だが、はっきりいってこの手の研修のクオリティはひどいものだし、雇用側もその事をよく知っているので、申し訳ないがそういった研修経験が履歴書の染み以上の存在になることはない。
なので、後からITエンジニアになりたいと思っても、いくら大手の求人サイトに中途採用の求人がひしめいていたとしても、彼らがITエンジニアになるには相当な運と努力が必要ということになってくる。
だが、こういった人を簡単に雇ってくれる神様のような会社が存在する。
ご存知、人売りIT企業である。
彼らはとにかく現場に人を放り込んでマージンを稼ぐことに必死なので、よほど問題がなければ、若ければとりあえず採用してくれる可能性が高い。それに数も多いので、ダメなら次に行けばいいのである。
勘違いしてもらっては困るのだが、人売りIT企業が、研修などの教育をしてくれることはない。単に、熟練の社員とペアで派遣したりして、現場でOJTさせるのである。派遣される側であるユーザー企業も、グリコのおまけのようにくっついた素性のよくわからない若手などいらないのだが、熟練エンジニアのほうは是非とも欲しいので、ペアで100万/月でどうですか?とか言われれば、まあしょうがないか、となる。
このように、未経験の人間が、熟練エンジニアと一緒に実績をつむことが可能になり、流浪の若者にもITエンジニアになる道が開けるのである。
適当に生きたい人
人売りIT企業は何のリスクも負わないと書いたが、実際にはひとつだけリスクを負っている。
自社のエンジニアがいなくなること、すなわちバックレである。
ITエンジニアはコンビニバイトのようにバックれたりすることは、あまりないが(ないと思う、いや結構あるような気もするけど)、例えば大手の派遣会社や、転職エージェントを使ってアサインされた案件でバックレをやってしまうと、良くて厳重注意、取扱注意物件となってしまい、その後の紹介先の条件が引き下げられたり、最悪契約を破棄され、出禁になるようなペナルティを負うことになる
その点、零細人売りIT企業に入社して、強引に退職しても、社長が損害賠償請求をちらつかせたりといった恫喝まがいの違法な主張をするぐらいで特に問題はない。別にそんなところ出入り禁止になっても困らないし、その手の強欲経営者が、いくら困っても、特に良心も痛まない。
なので、適当に現場に入って、つまんなかったらとっととバックレようと思っている人間にとって、自分をアサインできる現場を必死に探してくれる人売りIT企業は有難い存在だし、どうせ後で裏切るので、どんな経営者でも別に構わないのである。
こう書くと、エンジニアがただのクズのように見え、実際にそうでないとは言い切れないのだが、例えば鬱病などの精神疾患系の病歴があり、そのままでは正社員になることが難しかったり、ある程度理解のある職場に入っても、結果的に病気が悪化して迷惑をかけたくない、と考えている人が、その負い目と打算から、あえてこのようなクズ会社を選ぶケースもある。
高額な報酬が欲しい人
これはある程度スキルのある人間限定になるが、人売りといえど人の子である、使える人材は手元に残しておきたいので、それなりの給料を払ってくれる場合がある。
例えば、ユーザー企業の正社員として、高額な給料を得たければ、外資系のIT企業に入りでもしない限り、管理職的な能力を求められる。
ITエンジニアの中にはプログラミングが好きで好きでたまらなくて、管理職なんて真っ平だ、と言った人もいるので、そうした人はスキルがいくら高くても、インハウスのエンジニアとしては、なかなか高報酬が得にくい。
こういう人が、ロクな人材がいなさそうな人売りIT企業に入って、現場に派遣してもらい、その実力をいかんなく発揮して、ユーザー企業から絶賛されたりすればしめたものである。
「いやーなんか評価高いっぽいすね。次回の契約更新値上げできそうですね?でも、そろそろやめよっかなー。バカンス行きたいんすよねバカンス」といった空気を出すだけで、人売りIT企業側も、辞められるよりはマシなので、それなりに給料を出してくれる場合がある。(もし出してくれなかったら、本当に辞めるだけである)
こうして、本来日本型企業では不可能だった「高スキル型人材に高報酬」というシステムが成立するのだ。
本当にそんな人がいるのか、と思う人もいると思うが、情報商材の宣伝サイト以外、自分がいかに儲けているか、という話を人は他人にはあまりしないものである。だから、まあ、あるんじゃないかな、と言っておく。
アウトサイダー達の楽園、あるいは墓場としての人売りIT企業
まるで、人売りIT企業就職ガイドのようになってしまったが、結局のところ、人売りという商売が成立するのは、
- 未経験は新卒一括採用のみ
- エンジニアに高報酬を払わない
- 余剰人員を持たず、繁忙期の人材需要が自社で賄えない(賄う気がない)
というユーザー企業側の構造によるものも多分にある。
人売りIT企業で働く人に共通して言えることは、このような旧来の日本型雇用・報酬形態に馴染めなかった人々、すなわちアウトサイダー達だということだ。
派遣などの不安定雇用で働く人材のボリュームゾーンが氷河期世代であることも、この事実を裏付けているように思う。
また、このような多重請負構造は、IT業界特有の問題でもない。
例えば福島第一原発で、廃炉作業や除染作業に従事する作業員にも同様の構造が見られる。
もし、多重請負構造がその産業に無駄なコストを課しているというのなら、それらの「無意味なコスト」の源泉は、爪弾きにした人々に対する救済を怠ってきた日本の社会構造そのものの問題に帰することになるのではないか。
私はそのように感じるのである。

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