megamouthの葬列

長い旅路の終わり

実況!パワフル・プロ商談

(歓声)

実況「さあやってまいりました!顧客と営業の憧れの舞台、全国プロ商談大会。
今年のテーマはITシステム、会場は札幌ドームとなっております」
解説「楽しみですね」
実況「プロ商談とは、馴染みのない競技ですが、この大会の見どころはズバリ何でしょうか?」
解説「そうですね。下請法など、様々なレギュレーションがある中で、顧客がどのように脱法、いや、回避して、単価を下げさせるか、また、営業がそれをどう向かい撃つか、に注目していただきたいですね」
実況「おっと、そろそろ最初の試合が始まるようです……」

(ドームのオーロラビジョンに会議室の映像が映し出される)

実況「歓声がプレーヤーに届かないようプレイ自体は他の場所で行われるのがこの競技の特徴となっております」
解説「将棋の対局のようのものですね」

(映像にテロップ。歓声が上がる)

実況「商談ステージは、レ○パレス本社A会議室です。解説さんこれは盛り上がりますね!」
解説「はい、今年最も熱い商談と、責任のなすりつけあいがあった場所ですから。運営は最高のステージを用意してくれましたね」
実況「さて、そこにプレーヤーの登場です。営業が下座の一番奥に鞄を置きました。顧客は自然上座に向かう。いい手ですね!」
解説「そつがありません」
実況「さて、プレイ商談!」

*

顧客「システム一式に1000万という見積もりですが、こちらの予想を超えています」
営業「算定の根拠として明細をご用意しています」
顧客「ふむふむ。この打ち合わせ費用というのは具体的には?」
営業「御社にて行う週1回の定例会議にエンジニアを参加させることになりますので、拘束時間分の金額が発生します」
顧客「定例会議は進捗の確認なので、人数を限定できます。エンジニアの出席は歓迎しますが、必須ではありません。またこちらはTV会議でも一向にかまいませんが」
営業「それでしたら、こちらは少し下げられますね」
顧客「あと、サーバー費用も高いように思いますね」
営業「EC2のスポットインスタンスを使用する計算になっています」
顧客「ベースを比較的安価のリザーブインスタンスで、スポットインスタンスで変動する負荷に対応するということはできませんか?」
営業「そのぶん運用手順が増えますので、その金額分が、安くなる、ということにはなりませんが、サイトの負荷状況をモニタリングしながら、自動化していけばトータルで安くなる可能性は高いです」
顧客「結果的に、金額が変わらなくても、こちらとしても運用実績ができるので、その方向でご検討いただけますか?」
営業「わかりました」
顧客「あと、システムの仕様ですが…」

*

実況「終始、理性的でクレバーなやり取りでした。最終的には、顧客側は76万円の値引きに成功、営業側も継続取引できそうな雰囲気です。これはお互い高得点ではないですか?」
解説「論外ですね」
実況「え?」
解説「結果を待ってみましょう」

(オーロラビジョンに採点が表示される。 顧客:12.3点 営業:5点)

実況「えぇ……得点の解説をお願いします」
解説「まず、顧客側ですが、減額の根拠にこだわったので、ほとんど値引きできませんでした。10%以下の値引きであれば、他の業者に頼めば簡単にしてくれます、商談をする意味がまるでなかった、と言われてもしかたありません」
実況「いや、根拠もなく10%も値引きする業者は大丈夫なんですか?」
解説「そういうことはプロ商談には全く関係がありません。逆にこういうハイスキルなベンダーに発注すると、うまくいったとしても、顧客側の担当者は『会社の金を使って楽をする奴』という陰口を叩かれます。上司の評価も芳しくないでしょう」
実況「うーん。なかなか難しい。しかし営業の点数は?こちらは減額を抑え、構築時の無駄な作業も洗い出したかと思うのですが」
解説「根本的にルールを理解していない、としか言いようがありませんね。
まず、高く請ければいいというものではないんです。発注金額を聞いた、顧客の情シスや、現場がどう考えると思いますか?『そんな予算があるなら、うちにもまわせ』です。必ずプロジェクトの途中で乗り込んできて引っ掻き回してプロジェクトは破綻します。それに継続取引の可能性も低いと思います」
実況「ちゃんとやってくれそうなベンダーに見えますが」
解説「システムの改修やメンテナンスを発注するにしても、同じベンダーの言い値で発注することは許されません。必ず減額されます。なまじ予算があるので、他のベンダーも請けたい仕事になってしまっており、価格競争が発生して、継続取引どころか叩き合いになることが確定しますね」
実況「なるほど……奥が深いですね……」
解説「これがプロ商談のおもしろいところです」

*

顧客「1000万!?冗談でっしゃろ!」
営業「相場並みというところでございますが……難しそうですか?」
顧客「当たり前やがな!こんなんジョークですわ。ジョーク。うちにこんな金がありまっかいな!」
営業「上長の裁量で、今回に限り、多少はお値引きできるかと思いますが」
顧客「実際、いくらなんの?」
営業「いや、一度持ち帰らさせていただいて…」
顧客「500万にはしてくれはるんでしょ?」
営業「えっ、いやそれはちょっと、難しいかと」

*

実況「優勝候補の顧客です。初手から思い切った手ですね。しかし一方的な値引きは独禁法その他で問題になりそうですが?」
解説「これは字義通りにとるべきではないですね」
実況「違うんですね」
解説「すぐに金額を口にしてますが、これは長い戦略の序盤にすぎません」

*

顧客「500万や言うても、これでもうちとしては精一杯頑張ってるんやで?御社やから500万。営業はんやから500万言うてますんや。他の業者やったら、そうやな、400万がベースになるな。御社以外に500万で発注することはないで」
営業「しかし50%の値引きというのは、社長決済が必要になりまして」
顧客「せやから、私かてね今1000万のものを500万でよこせ、そない無体なことを言ってるんとちゃうんよ?1000万言うても、そこには実際はいらん機能やら、サーバーをごっついええのん使ってたりする部分があるんとちゃう?そういうのをな、ここで、協力して、なんとか500万という金額に近づけていこう、言うとるわけよ」
営業「仕様を変更するとなると、今度は技術のものの意見が必要になりまして」
顧客「せやったら、エンジニアはんを連れて来たらよかったんやんか。でもおらんもんは仕方ないから、こちらで、おたくの見積もりの高すぎる部分に赤ペン塗っといたから。ほら、だいたいこれで工数ベースで25%は削れるやろ」
営業「あ、なるほど確かに。しかしこれでも500万には……」
顧客「あとは、営業はんのがんばりやで。御社とは長い付き合いやけども、ここだけの話、今回の見積もりを見たうちのボスがえらい怒ってしもうてな。もう取引停止にしたらどないや?まで言うとるんよ。もちろんわしは大反対よ。御社のほどの会社やから、うちのシステムは大きな事故もなくやってる、何かあったら飛んで来てもらえる。御社との友好な関係があるからや。
安い業者を使って何かあったら、困るのはうちでっせ。と。こう言っとりますねん。
確かにこの案件では御社はトントン、もしくは損するかもしれん。けどな、長い目で見たってえや。こんなことで、わしらとの繋がりが切れてまう、というのはもったいない話でっせ。
御社はしっかりした会社やから、うちぐらいの客なくしてもええかもしれん。けどな、営業はん、あんたは困るやろ?あんたのせいで、うちとの取引全部なくなりました、いう話になっても困ると思うんよ。長い付き合いやから、わしとしても営業はんにはいい目を見てほしいんよ」
営業「……はい」

*

実況「ちょっと雲行きが怪しくなってきましたが、最終的に、発注金額は512万でジャッジになりました。どうですか」
解説「顧客はもちろん高得点が期待できますね。営業もそれほど悪くなかったですよ」
実況「え?」

(採点  顧客:75.5点 営業:45.5点)

実況「色々納得できないところはあるのですが、まずは顧客の解説をお願いできますか?」
解説「大阪弁というところにまず皆さん着目されるのですが、これはレギュレーション違反を目立たせないテクニックにすぎません。
彼は商談で、ダブルフリップというのですが、2回の問題のすり替えを行いました。この技の技術点が加算されています」
実況「2回ですか?」
解説「まず、1回目は、500万という数字に目を向けさせつつ、金額の問題からの転換を図っています。『御社だから発注するのだ』という言葉で、金額の多寡から、弊社からの仕事を御社が請けるのか、請けないのか、という二元論に持ちこんでいます。
それでも持ちこたえる営業に2回目の転換が炸裂します。ついには、「長い付き合い」と「激怒するボス」という存在を強く匂わせることで、請ける、請けないの問題を、弊社と付き合い続ける、絶縁するの二択に持っていきました」
実況「営業の立場で、縁を切るとは言えませんね」
解説「はい。実を言うと縁を切られて一番困るのは顧客側なんですが、顧客側はそれをおくびにも出しません。あくまで営業個人の立場を追い詰めることで交渉を有利にしています」
実況「なるほど。よくわかりました。しかし営業の得点もそれなりにあるのが理解できませんが……」
解説「難しい顧客から、仕事とったじゃないですか」
実況「そりゃそうですけど。まったくペイできませんよ」
解説「ペイできるかどうかは営業の得点には全く反映されません。ペイできるかは下請け、制作側の努力によります」
実況「クソかよ」

*

顧客「ようこそいらっしゃいました。どうぞどうぞ」
営業「ありがとうございます。プロジェクターは。あ、HDMIつながりますね。それでは始めさせていただきます」

*

実況「最終組は少し変わっていますね。顧客側の人数が多い。役員が勢揃いではないですか。営業側は若者一人で、服装が非常に身ぎれいです。高級腕時計をつけていますね」
解説「これは期待できそうですね」

*

営業「まず御社のポジションニングは、ランチェスター戦略の観点からも厳しく、キャズムを超えることができるか難しいところです。当社独自のカスタマージャーニーマップでの分析によればコンテキストマーケティングが有効であると…」

*

実況「さっきから営業が何を言っているのかさっぱりわからないのですが」
解説「顧客の顔を見て下さい」
実況「ああ、皆様ニコニコしてますね。時々頷いています。顧客の関心分野に特化したプレゼン、ということなんでしょうか?」
解説「関係ありません」
実況「は?」

*

営業「以上が、当社が提案する内容となります。」
顧客「わかりました」
営業「お見積書は事前にお送りしておりますが」
顧客「1000万ということでしたね。結構です。やりましょう!」
営業「ありがとうございます!」

*

実況「終了です……採点は……」

(採点  顧客:95.5点 営業:105.5点)
(大歓声)

実況「どういうこと?」
解説「バックグラウンドがわからないと理解できないと思うんですが、あの営業の若者はベンチャーの社長です。そして、この会社の社長の次男坊なんですね」
実況「あー」
解説「適当に何か言えば、受注できます」
実況「あー」
解説「顧客も無意味で害のないシステムを無事発注できました。社長の前でご子息を褒めちぎる準備も万端です。高得点です」
実況「死ね」
解説「世の中そんなもんですよ」


実況「……というわけでいかがでしたでしょうか。全国プロ商談大会。次回の開催がいつかは知りませんが、私はもう関わりません!それでは皆様さようなら!」


女子高生社長、経営を学ぶ

女子高生社長、経営を学ぶ

実を言うとこの業界はもうだめです

以前書いたように、Web業界は今月で崩壊するだろう、と私は予見していた。

仕事をさばききれず、納品遅れ、または検収拒否、あるいは品質を犠牲にして納品した結果、顧客サイトで致命的な障害を引き起こすだろうと考えていた。
賢者ぶって予言したのではない、去年(2018年)の3月の時点で現場にいた人なら誰でも予想できたことだ。

新人の討ち死、中堅層の崩壊、古参兵の離脱。それは全て去年に起こったことだからだ。
知能と呼べるものを持つなら誰でも、一度起きたカタストロフィの上に築かれる2018年度は、前年を上回る壮絶な年になる、と考えたはずだ。

私が経営者なら、十全の準備をして、あるいは果断な構造改革をして(それでも遅いかもしれないが)この年と年度末に臨んだろう。
しかし、私は経営者ではない。それを実行する判断力も能力も資本も持ち合わせてはいないし、そこまで不運な身の上でもない。
私は取引先が、喉元過ぎれば熱さを忘れて、春の陽気に安堵するのを見ていた。
それは目の前に開かれた底なしの黒い沼が一瞬でなくなったような、のんびりした様子だった。

つい私も、心配しすぎたのか、と思った。春に入社した新卒は楽しそうな顔をしているし、中途採用が捗っていないのは少し気になったが、当事者達がそれほど危機感を持っていないから、このご時世、そんなものか、と思ったのだ。

2018年の12月になった。

まず、新人が大量に辞めた。新卒も中途採用も全部だ。全部。
とはいえ、これは毎年見られる現象ではある。しかし全部、というところと、時期が早すぎるのが気になった。

年が明けて2019年1月。苛烈な仕事が降ってきた。至急でお願いします、という言葉が添えられた、悲壮感の漂うメールと、常軌を逸した納期設定に、一体どうしたのだ、と私は馴染みの担当に電話して実情を聞いた。

12月末納品ができなかったんです。

私は言葉を失った。落としたのか。12月に!?

納期遅れというのはこの業界では死に直結するレベルの失敗だ。やらかせば、ほぼ確実に出禁になる。代理店経由なら、そこ絡みの仕事は一切受けられなくなる。だから、人によっては、命を削ってでも(削らせてでも)、間に合わせるのが納期だ。

とはいえ、それは度々発生する。訴訟社会ではない日本では、検収不可すなわち訴訟というほど、すぐに厄介なことにはならない。オプションを無料にするなどのサービスを餌にして、リスケを発注者に飲ませて仕切り直すことでリカバーする。
なんとか形だけの納品をすませて(例えばバグを放置して)その翌月にフォローする事も多い。

年度末開けの4月、5月というのは比較的仕事が少ない。だから読者の中にも、春のポカポカ陽気の中で、浮かない表情で3月に無理くり納品したシステムのバグ取りをした人もいるだろう。
自転車操業も甚だしいが、リスケだったり、納品失敗のリカバーをそういう時期にするから、まだ助かっていたところがある。

しかし、それが12月に起こっているのである。

12月納品が失敗したということは、1、2月にリカバーしなくてはならない。そして1、2月に人手を取られるということは、3月の納品が危機に陥る、ということを意味している。

連鎖的に全てが崩壊するのではないか。

私が心配することではないが、担当氏とは長い付き合いだった。私は彼の体調を気遣った。体だけは大事にしてくださいよ、社交辞令を超えて、真実に声をかけた。見積もりを少し迷ったが「年度末料金」は乗せないことにした。

幸い、分割納品という手口を使ってその案件は無事にすませることができた。私は担当氏にお礼を兼ねた電話をした。
案件の最後のほうは「下記お願いします」式の雑なメールしか送ってこなかったけど、事情を察してはいたのだ。
しばらく待って、担当氏の誠実そうな優しい声が電話口から聞こえた。

このらびは、ごじんろくいただけありがろうごらいました。
(この度はご尽力いただき有難うございました)

ろれつが回っていなかった。

マジヤバイ。と私は思って、とにかく、しばらくお休みになったほうがいいですよ、と声をかけた。いえいえ、ご心配らく(なく)と担当氏。

こういう時、人はどうするか。他の人は知らないが、私は逃げる。俺もうね、逃げる。
こんなものに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないではないか。

ごめん担当氏。生きてたらまた会おう。

と私は念じて、以降のメールには「生憎、年度末につきスケジュールが埋まっておりまして…」とお答えして今に至っている。

来たメールから判別するに、3月末に納品絶望な案件は少なくとも3、私が関わっていない納品遅れの案件が2はあるようだ。

以上は、大阪の請負Web制作会社の話である。
東京はまだキラキラしてらっしゃいますか?でもね、御社のその案件、もしかして下請けに丸投げしてやしませんか?営業担当は大丈夫、って言ってますか?
いやーどうなんでしょう。私の知ってる会社だけだったらいいんですけどね。
いや本当。

その担当の人、ろれつ回ってます?




というわけで、しばらく逃亡生活に入るので、ブログの更新止まります。enjoy!


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笑えなければ沈黙するしかない

最初から断っておくとこの文章に読む価値はない。
どうにも心のわだかまりが消えぬので、書いてしまおうと思ったのである。だから読んで楽しいものではないことは承知で、書いている。

憂鬱の原因はピエール瀧の逮捕である。
こう書くと実に間抜けに見える。ピエールで瀧で、逮捕である。PVか何かで電気グルーヴが法廷で死刑判決を言い渡されるシーンがあったが、それと同じぐらい滑稽な字面である。

好きなアーティストが逮捕される、というのは世間的に見てもそう珍しいことではない。マッキーも岡村靖幸も薬で捕まったし、マッキーはともかくとして、岡村靖幸はけっこう好きだったので、経験したことのない体験かというと、そうでもない。

でも、ピエール瀧の逮捕は、自分の中では意味合いが異なっているのである。
なにしろ、私はとりわけ電気グルーヴというバンドを愛しているし、彼らの生き方そのものに影響を受けてきたからである。

*

私が度々言及する「クワイエットルームにようこそ」という映画がある。
出来れば視聴をおすすめしたいが、せめてあらすじぐらいは、他のサイトで見ていてほしい。
以降この映画を知っているものとして書く。

私はこの映画をうつ病で会社を退職して、何もせずに部屋でゴロゴロしている時期に見た。ソファに寝っころがって、酒(ワンカップ)をチビチビやりながら見た。
松尾スズキだし、メンタルヘルスを扱ったブラックなコメディだと思っていたからだ。

この映画は、途中まで軽快に進んでいく。
内田有紀演じる佐倉明日香が、自殺未遂と間違えられて精神科の閉鎖病棟に入れられ、松尾スズキの悪意の込もったユーモアで彩られた、精神病棟のドタバタが続く。
悲劇でもなんでも、全てを笑ってしまえ、というおなじみの価値観が通底していて、私は安心して所々で挟まれたギャグで笑う。

しかし、佐倉がオズの魔法使いのドロシーの靴を履いて目覚めるところから物語が急変する。

両足の靴をコツンコツンと鳴らすところから、オズの魔法が始まるように、彼女がこの靴を手にした時、彼女の犯した罪が一気に暴かれていく。
大竹しのぶ演じる西野の完全に常軌を逸した絶叫に、私は青ざめる。

佐倉の入院は主治医の誤解ではなかった。彼女は本当にオーバードースしていたし、その理由は当然ながら、全く笑えるものではなかったのだ。

全ては笑えるものではなかったのか?
将来の見通しもなく、薄暗い部屋で酒を飲んでいることだって、何でも笑ってしまえばいい、そうではなかったのか?

そんなわけないでしょ。

ふと真顔に戻った松尾スズキの横顔が浮かんで、腹のあたりがズーンと重くなって、私はそれ以上酒をすすめる気を失くしてしまった。

*

見ようによっては、何でもおもしろい、だから笑いとばしてしまえ。
というのは、この生きづらい世の中でやっていくために、私が編み出した処世術、この世界との関わり方の、核心に近いものだった。

そして、それを体現していると私が思っていた人が、(本人の実際とは別に)電気グルーヴ石野卓球ピエール瀧だったのだ。

コカインをやることなんて、大したことじゃない、という見方もあるかもしれない。私の大好きなマニュエル・ゴッチングなんて、レコーディングの最中にドラッグをやっていたわけだし。ドラッグをやってるアーティストは海外にもゴマンといるわけだし。

でも、そういう事ではないのだ。

なぜなら、私がちっとも笑えないからだ。
コカインやって逮捕というのは、道徳的にも社会的にもダメとか、逮捕したり大騒ぎするほうが悪い、とかそういう問題ではなくて、ただ、みっともない。

護送されるピエール瀧の顔をTVで見て、何も言えなくなってしまう自分に、驚くほどに脆い土台に立っていた自分に、ただ愕然とするのである。
そして、心の中で「クワイエットルームにようこそ」の西野が、あの加虐の悦楽に満ちた顔で

「みんな不幸になったぞ!ほらどうした?笑えよ!おもしろいって言えよ!」

面罵するのが聞こえるのである。

*

笑えない。ちっとも笑えないよ瀧。
世の中にはどうしても笑えない事がある?
知ってたよ。そんなこと知ってたに決まってんじゃん。

あんただって知ってたんだろ?だからやるべきじゃないとか、そんな馬鹿なことは言わないよ。
俺が悪いんだよ。あんた達がやってることを勝手にかっこいいと思ってた俺が悪いんだよ。
わかってるよ、そんなこと。

あーあ。明日からどうすっかな……