megamouthの葬列

長い旅路の終わり

今月の懺悔、酒がなく仕事がある

というわけでろくすっぽエントリも書いてないのに7月も終わりである。

酒がない

正確には酒はあるが、好きな酒を買うほどの金がない。なので、酒を控えている。あと文章書く時に酒飲むのやめてみたら?と軽い感じで言われたので、デパスマイスリーだけにしたが、なんというか、重くなる感じがある。薬飲むのもやめろっていう話ですね。冗談なので本気にしないように。(ということにしておいてください。

www.megamouth.info

このエントリはそうやって書いたのだが、文章は硬いし、論旨も明らかでない。ただ大上段の構えだけがあって、そのまま石化してしまったような文章だ。

そんなことをしているうちに珍しく仕事が来て、本当に仕事か?と3回ぐらい確かめたのだけど、本当に仕事らしい。
しかし即座にその金が入ってくるわけではなく、当然金は仕事が終わってからなわけで、酒が無いのは相変わらずなのである。

そういうわけで、酒もないのに仕事をしている。この世の終わりのようだ。

奇想の方向

上述の理由もあるが、どうにも筆が重い。

昔のように「はあちゅうブログ界における功績について」などというテーマで書けたらいいのだが、考えたら昔もそんなことは書いてなかったように思うし、はあちゅうの存在が爆笑問題によって一般社会では無名のネットワーカーに過ぎないという事が暴露されて、よりによってそれに本人が一番ショックを受けていて、そしてそれらを隠そうともしないはあちゅうってやっぱすげえな、と思うわけである。すごいんだぞはあちゅうは。あの吉野健太郎を泣かしたんだぞ。女子大生の時に。ちなみに吉野健太郎は脱泡ドラッグで捕まったようだ。すべてこの世は事もなし。連邦はまだあるのだろうか。

で、そんなことはほとんど関係なくて、あまりに文章が重いので、軽く書いてみようと思って、SharePointのブログ機能(一応仕事柄Office365 Business Premiumライセンスがある)を使って、誰も読めない環境でいくつかエントリを書いてみたのだが、書いているうちに奇想というか、単に文章の退屈さが気に入らなくなって、そのまま妄想が侵食するまま書き進めたら大体において、自分が拷問を受けているというシチュエーションになっていった。

これはこれでおもしろいなあ、と思ったんだけど、こっちではそういう芸風でもないので、久しぶりに怒りにまかせて書いた文章が以下になります。

www.megamouth.info

これも論旨がイマイチ不明である。それでも何か怨念じみたものを感じてくださった方は大変優しいと思う。
来月はもうちょっとがんばります。

以上が懺悔になります。

AmazonPrimeMusicの色々

LET'S GO Heathrow

LET'S GO Heathrow

なんかDragon Ashと一緒に冬虫夏草とかしてた人たちです。
最初普通に洋楽だと思って聞いていたのですけど、異様に上手いのと、ジャンルの掘り下げがおそらくはわざと、浅くなっていて、でも浅さが日本人の趣向を捉えたものだったので、検索したら日本人でした。
言いたいことがないでもないが、聴いて損はないアルバムだと思う

B-2 Unit

B-2 Unit

最近、検索してびっくりしたのだけど、B-2 UnitがPrime聴き放題ですよ!奥さん!
坂本龍一が好きな人は皆怒ると思うのだけど、彼のミュージシャンの新規性はこのアルバムでほぼ尽きていて、あとはせいぜいWarHeadまでだと思う。NEO GEOとか嫌いではないんだけどね。
怒った?

Gamelan Music Of Bali

Gamelan Music Of Bali

別にガムランなんて、これに限らず探せばいくらでもありそうだが、
最近ループで流している。
なんか人殺しがバーのカウンターにいて、ずっとガムランが鳴ってるっていう感じが好きなんです。そんなシーン見たこともないですが。

なんか芸風が変わってしまったんかな。色々不快だったら申し訳ないが、こんな感じでまた来月。

勝負ではなく商売をせよ

私は割と根に持つタイプというか、根の持ち方がちょっと常軌を逸している部分があって、昔、Qiitaがコミュニティガイドライン - Qiita:Supportという奇妙なポエムを発表して、

Qiitaは「プログラミングに関する知識を記録・共有するためのサービス」です。プログラマーが興味を持つものではなく、プログラミングに関する記事を投稿しましょう。
<中略>
Qiitaは「プログラミングに関する知識を記録・共有する」サービスです。政治やスポーツを語る記事、ニュースの速報など、プログラミングに関係しない記事は投稿しないでください。

と2度も同じことをいって、可哀想なコボルのおじさんのAdventCalendarを全部消したことを未だに根に持っていて、コードの一行も出てこない、自分のサービスを自慢するだけの記事とか、ベテランプログラマプログラマ心得とかコーディング規約の枝葉末節についてふんぞり返っているような記事を見かけるたびに、このガイドラインに沿って、片っ端から通報し続けている。
だって、「この前打ったホームランの話」とか「バットのグリップの持ち方」の指導は、例のガイドラインによると実際に削除された「私の野球人生」と同じく、「野球の話」ではないからだ。

そういうことを2年ぐらいずっとやっている。告白するとつい最近も通報した。

私のQiitaに対する献身とは裏腹に、私が通報したページは一度も消されたことがない。
そういう意味ではQiitaのアンフェアにも程があるし、私は私でいい加減諦めろというか、そういう話なのだけど、ようするに私は一度腹が立つとずっと恨み続けるし、敵と見なした人間や組織は永遠に敵と見なす性分である。そこに釈明の余地はない。ついでに言うとTEDはかなり昔に敵と見なしたので、今では、素人参加のスティーブ・ジョブズ物真似大会として見ることにしている。

だから、私が20年ぐらい根に持っている話がある。といっても読者はそれほど驚かないだろう。

昔、私が零細企業で働いていた時分だったと思う。仕事が終わってから、ベンチャーらしく社長を交えて今後の方針を話し合っていた時の事だ。
業界も若かったし、私も若かった。
まだ世に出ていない、いいアイデアはたくさんあったから、私たちはついつい夜がふけるのも構わず、自分たちが構築できそうなサービスのアイデアを出していった。

ある拍子に、私が、「これだったら、きっとさくらインターネットに勝てますよ」と言った。
どういう考えだったかは覚えていない。当時のさくらは今ほどは巨大なホスティング業者ではなかったし、自分なりに自信のある発言だったのを覚えている。
その時、社長は少し微笑んで、私を諭すように言った。
「勝負はしちゃいかん。商売をせな」

私は黙る他なかった。そして話は次の話題に移ったのだが、その言葉はずっと心に残った。
教訓とか一つの貴重な洞察としてではない。私がこの世界を呪う根拠として、だ。



それからしばらくして、かなり大きな金額でメールマガジンの配送システムの話が持ち込まれた。
依頼主は楽天でECショップを商っている気前の良いおじさんで、私達は精密にメール流量を検討し、送信IPアドレスの数を検討にいれながら、5台構成ぐらいのSMTPサーバーとその制御システムの見積もりを作って先方の事務所に行った。

見積もりを見た商店主のおじさんは、大した感慨もなく、システム構成図などの提案書をパラパラと見ると、「結局のところ、これでどれぐらいメールが出せるんや?」と言った。
私は、専用のシステムになるので、時間の許す限り、または受け取り側のホストが受け取れる限り、かなりの数が配送できることを話した。
「そらええな。でも送り先はどないしたらいいんやろうな?」
とおじさんは続けた。送り先?メールアドレス?それはもちろん御社がお持ちではないんですか?
「…んまあ、あるにはあるけどな。」
とおじさんは言いよどんだ。私はそのあたりで、おじさんの目論見がわかった。
ようするに、オプトインをとっていないのだ。メールアドレスのリストを大量に持っていて。ただ、そこにメールを送ってもいいという許可は得ていない。そういうメールアドレスは沢山ある、と言っているのだ。

その頃にはすでに迷惑メール(スパムメール)は社会問題となっていた。上流回線やドメイン業者にスパム業者だとバレた瞬間、全ての契約が破棄される、という時代はすでに始まっていた。

私は、できるだけやんわりと、そのようなビジネスにご使用になることはできません。またはリスクが高くすぎます。というような事を言ったと思う。

おじさんは話にならんな。という顔をした。そして、売り物のバッグを手にとった。
「これなバーキンのバッグや。やけどな、楽天では売れんのや。本物やないからな」
もちろんそうだろう、それは明白に犯罪だ。
「やけど、子会社なんて1ヶ月もあったら作れる。そこで売ったらええ。メールアドレスもうちは沢山持っとる。そういうビジネスをわしはやりたいわけや」
と要約するとそういう意味のことを言った。もちろん私は提案書を片付けて、きっぱりと断った。

おじさんは呆れたというより、憐れむような目で私を見ていた。

「あのなあ。いいもん作ったら売れる。そう思っとるんやろあんたは。」
私は下を向いて黙った。
「そない世の中が単純やったら、誰も苦労はせんで」


私は勝負がしたかった。Webプログラミング、インフラ構築、UI、どれも他の先を行って、圧倒的なオーパーツのような会社になって、巻き返したかった。
でもそれではいかんのや、と下卑たおじさんと社長は言う。「商売をせえ」と私の頭の中で何回も言うのである。

私はそれでも勝負をしたかった。なので、ずっとこの業界にしがみついた。いつか勝てるか、世界ランク1000位でも8000位でもいい、どこかに自分を刻みたいと願った。

いつの間にか、私の知らないところで、大金が舞っていた。
ガラケーの釣りゲームが電子データの釣り竿を3千円で売っていた。
ソシャゲーガチャがSNSの広告収入の数百倍の額を半年で叩き出すのを見ていた。

みんな商売をしていた。

中には商売が上手く行って、ちっぽけなITベンダーがあれよあれよという間に上場したり、大企業に巨額買収されたりする。
そういう時のFacebookは決まって「おめでとう!」という言葉で、埋め尽くされていて、誰も「負けた。次は俺の番だ」なんて幼稚なことは言わないのだ。

ああいう光景を見るたびに虫唾が走る。
そして夢想する。
いつか、彼らの夢が破れて、商売ができなくなった時、ガード下のみすぼらしいバラックに先に来ていた私が彼らにこう言ってやるのだ。

「勝負を避けて避けて、商売して、あなたは誰に信用されたっていうんですか?」

それでも彼らは、胸を張るだろうか。張るだろう。
だが、そうだとしても、ずっと勝負を続けていた者だけは、その虚しいプライドを笑える筈だ。
例え、心身がボロボロになっても、「この人とは仕事したくない」とブコメに書かれても、私は勝負をしてきたのだから。

だから、経営者の方々は安心して商売に邁進していただきたいと思う。
上手く行かなくたって大丈夫。

私がちゃんと地獄で待っているからね。


孤独を巡る物語、その淀み

孤独癖というのがあるらしく、私もそういう性質を持っている一人だと思う。

人と関わるのが嫌いというわけではないが、飲み会だとか、遊びに行くだとか、そういう約束をしてしまった直後から、その予定が妙に気になって、億劫になり、当日になると、何故こんな約束をしてしまったのかと後悔までし始める。

それでいて、待ち合わせ場所に赴き、いざ友人、知人と合流すると、酒が入ることもあって、それなりに、いやむしろ進んで会話の中心になって、楽しい時間を過ごす。

しかし宴終わって帰り道になると、早くもまた元の孤独に戻っている。
あの一言は余計だったとか、場を白けさせた冗談のいちいちを思い出して、やはり私のようなものが、顔を出すべきではないのだ、と思い返す。

いつもこの繰り返しであって、本当のところ、私は自分だけが好きなのであって、他人に興味を持っていないのだ、と考える事もある。

*

私が小学校に入った時分だったと思うが、大阪のあるデパートの賑わいの中に、ぽっかりと空間が開いていた。
催事場の片隅に置かれたベンチに禿頭の男が座っていて、ずっと頭を垂れて、微動だにしない。
それはまるで禿あがった頭頂部を群衆に向けて「近寄るな」と威嚇しているように見えて、男を中心に、賑わいがはっきりと途切れているのである。

私と手をつないでいた父が、それを見て、手を離すと、あろうことか、その禿頭に近づいていって、隣に腰掛け、話かけはじめた。

私は、父がひどく危険なことをしているように感じて、すぐに柱の陰に隠れてチラチラとその様子を伺った。
そこからは父が何を言っているかは聞こえないが、禿頭の男は父の言葉に時々相槌をうっていた。
10分ほど話すと男は、姿勢を変えて、ようやく頭を上げた。
それは疲れ切ってはいるが、存外普通の中年の痩せた男の顔であった。
俄にデパートの催事場の不吉な空気の溜まりが払拭して、雑踏の音がその空間に流れ込んできたような印象を持った。

父は柱の側にいた私のところに戻ってきて、私の手を掴んで、歩き出した。
そしてのんびりした口調で「嫁さんに逃げられたんやってさ」とだけ言った。

*

ヘンリー・ダーガーという画家がいる。彼もまた孤独を望んだ。
病院の掃除人をしながら、日曜になると教会に通った。友人はほとんどいなかった。

彼が「画家」であった、というのが知られたのは死の直前であった。救貧院に移って、大家が彼のアパートに残された所有物を処分しようと中に入ると、そこには大量の作品があった。

「非現実の王国」における「ヴィヴィアン・ガールズの物語」である。今やこれらの一連の作品はアウトサイダー・アートとしてではあるが、美術史に燦然と位置している。

私は、もし今、ヘンリー・ダーガーのような男が日本に生を受けていたら、と考えることがある。

おそらく美大を中心とした美術界は昔と変わらず受け入れないだろう。しかし、ネットなら、例えば、pixivの特殊なタグで繋がれた、ごく限られたコミュニティの中なら、存外沢山の友人を見つけることができたのではないだろうか、と。

非現実の王国はシェアード・ワールドとなり、様々な書き手によるヴィヴィアン・ガールズが、悪しき元都知事の作家に戦争を挑んでいたかもしれない、と。

ネットは孤独をつなぐ役割をすることがある。それは現実に存在する物語でもあり、皆が好んで語りたがる「インターネット」の物語でもある。

*

インターネットでまず流行ったのは匿名掲示板であった。今でもある2ch、その前身であるあめぞうなどだ。

言うまでもなく、それらの特色は、「匿名」ということであった。
何故その時代、皆が「匿名性」ということにそれほどこだわっていたのか、というのがよくわからない。

今思うとそれは、個人にまつわるあらゆるものを投げ捨てなければ自由はない、という少々倒錯した考えが最初にあったようにも思う。
端的に言ってしまえば、日本人にとって、反論を受けない立場で物を言えること、すなわち陰口を叩くのに、「匿名」ということが実に便利であったということに尽きる、という程度のことだったのではないだろうか。

時代が少し下ると、匿名掲示板のコミュニティ自体が個性を持ち始めた。
いわゆる「2ちゃんねらー」の登場である。
この頃になるともはや個人は匿名であることをさらに進めて、「2ちゃんねらー」という全体の一部であろうと奮闘しているように見えた。
意味不明なローカルルールを掲げ、ネットスラング・AAなどを書き込むといった、ハイ・コンテキストな世界に埋没し、真の意味で「個」を消失させていった。

そしてこのソリューションは、「個」を消し去って、コミュニティのより完全な細胞となる、といった、孤独の一つの解消法でもあった。

こういう最中に紡がれた物語として「電車男」がある。
この作品は、コミュニティの一細胞である主人公が、現実と対峙し、コミュニティの力を借りて、現実世界で成功を収めるといった話である。このお話の中で、主人公は個人であると同時にコミュニティに話題を提供する忠実な細胞の一つでもある。

この物語が明るい色彩を持つのは、個を消したコミュニティがまるで主人公に寄り添う親友のように振る舞うところにある。
しかし、孤独の接続装置としてのコミュニティの機能は、むしろ主人公がコミュニティの外である「現実」で恋愛を成就させることを持って破壊されている。これはインターネットの次の段階を示唆していて、おもしろいところでもある。

*

私たちは、少しばかり「インターネット」の物語を信じすぎている。
かつて、私達がそれらを安易に受け入れられたのは、逆説的だが、電子ネットワーク上で行われるコミュニケーションと、現実のそれが質的に変わることがなかったからだ。あるいは、インターネット上のコミュニティと現実の社会構造が思ったよりも似通っていたからだ。

匿名掲示板の後に、実名ベースのSNSが勃興した事も、その2つが基本的には同質であったということを示唆している。


つまりは私達が無邪気に信じている「インターネット」の物語は、テクノロジーが、「本当の孤独」をつなぐ物語ではない。
どこにでもあり得るコミュニティが、それに適した人を受け入れたという物語に過ぎないのだ。


そうなれば、コミュニティに接続できない、「本当の孤独」はどうなるのか、

おそらくそれは、今までと同様社会の片隅にある、淀みとなる他ない。
ちょうど催事場のベンチで頭を垂れる禿頭の男のような。

彼らがコミュニティのコンテキストを理解し、コミュニティに同化できなければ。
あるいは、コミュニティに貢献するようなバカをやってみせなければ。
彼の孤独は放置されたままである。

「インターネット」が機会を与えても、それに応ずることのできない孤独は、まだ存在しているし、機会があった分、おそらくその淀みは私達の想像を絶する暗さを保有しているかもしれない。


孤独を巡る物語は、皆が思い描くようなほっこりするような話ではない。ただ、残酷で、冷たくて、何の救いもない物語なのかもしれない。

最後に魯迅の言葉を

たった一人、見知らぬ者の中で叫んで、さっぱり人々に反応がなく、賛同もされず、また反対もされねば、あたかも果てなき荒野に身をおいたように、手のほどこしようがなくなってしまう。それはどんなにか悲しいことか。かくて私の感ずるものは寂寞となった。(魯迅・吶喊 高橋和巳訳)


孤独ではなく、寂寞を。それを繋ぎ、意味のあるものにする方法を。
私たちは未だ、それを知らないのである。


阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

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