megamouthの葬列

長い旅路の終わり

勉強するとこんな人になりますよ

axia.co.jp

どこかのエントリで呼ばれた気がした。
必要もないのに他人のエントリに乗っかるのは好きではないのだが、たまにはブログっぽいことを書かないと、と思ったので、軽く書く。

ある勉強したプログラマの末路

まず自分の話をしたい。
私は趣味で多数の求人サイトに登録している。
転職エージェントはうるさいので使っていない。
サイトに登録して、経験言語と年数にチェックを入れ、職務経歴書サニタイズして(なんとこの用語は顧客を特定できないように「無毒化する」という意味で一般的に使われ始めている)掲載しているぐらいである。
ちなみにpaizaでもSランクを持っている。自慢にもならないし、求職活動に役立つわけでもないが、持っている。
こうして、現年収を正直に「200万」と書いておくと、スカウトメールがけっこうやって来るので、それらを暇つぶしに眺めるのである。

Webで年収400万超えるとこってないよなぁとか、このオフィスはオシャンティだなぁとか、この社長、ピカリ出身かぁとか、要所に目を光らせつつ、その会社で働く自分を想像してみる。

最初は、仕事も早く、無理難題もこなしてくれ、コミュニケーションも取りやすい私は重宝がられるだろう。
仲の良い同僚も出来て、ワイワイやって、とても楽しいのだが、そのうち、経験だけは無駄にあるので、フルスタックに動ける私は徐々に忙しくなっていく。
固定残業制の弊社では、残業しても給料が増えない、そもそもまだ私は半年間の試用期間中である。有給も昇給もない。

そして、やーめた。となるのである。
何を好き好んで、毎日毎日、大して評価もされない会社に定時に出社しなければならないのだ、となるのである。
そして、収入は半分になるし、給料もなくなるが、週休4日制で、休みの半分を野球ゲームに費やす生活に戻ろうと思うのである。
というか、実際には就職していないので、ああこの生活で良かった。と思うのである。

そんなことはない、1年も辛抱すればCTOになって、バリバリやれるようになるし、給料も上がりますよ、と言ってくれる人がいるかもしれない。
しかし、そんな人も私が「勤勉」ということができないんですよ、と言うと大抵黙ってしまう。

前にも書いた気がするが、社会人において「勤勉」であるということは、絶対不可欠の基本的素養であって、それが無い限り、まともな人生を歩むことはできない。

証拠に私は、勤勉を失う病を患っているので、わりと絶望的な生活をしている。
それでも、タバコ銭があって、酒代(たまに切らしているが)があるのは、私が「勉強」しているからである。

もし私に、Laravelとwebpackとvuejsの知識がなかったら
もし私に、Wordpressプラグインアーキテクチャの知識がなかったら、
もし私に、古のPerl5ソースコードを読める能力がなかったら、

私は、おそらく今の半分の広さの部屋で、鬼殺しを飲んで、最後のタバコを吸った後に首をくくるよりないだろう
(過干渉で人格否定が得意な金持ちの親族と絶縁した私は、生活保護受給者になることもできないのだ)

つまりは、私を現世に留まらせてくれているのは、こうした知識のおかげであり、こいつどうしようもなくて癪に触るけど仕事頼むか、と思っていただけるお客様のおかげである。

勉強している用心棒

というわけで、私は、勉強している、してない、ということよりも組織人としては「勤勉」であるかどうかのほうがよほど重要なことだ、という考えを持っている。
そんなのは当たり前で、勤勉でいて、かつ勉強しろ、っつってんだよ、という話のような気もするのだが(実は元エントリをちゃんと読んでいない)
正直なところ勉強する人ってそんなに必要ですかね?という気がする。

この事を理解するためには、まず、舞台をネットから実際のオフィスに移して考えてみることが肝心である。

ここに「勉強している」若手プログラマがいるとしよう。
彼のマシンは当然Macであり、homebrewが入っていて、もちろんDockerもインストール済みである。
エディタはこの間までAtomを使っていたが、今はVimがお気に入りだ。
彼は朝のコーヒーを飲みながら、Webpack4で、ES6をトランスパイルしつつSCSSをコンパイルする。
今回のプロジェクトではSSRのためにNuxtを使おうかと考えている。

という彼の隣には、プログラマ歴10年の「勉強しない」中堅プログラマが座っているが、彼は一生懸命Windows秀丸エディタ(謎のシリアルコードでアクティベートしたもの)とWinSCPを立ち上げて、せっせとプレビューサーバーに生PHPを書いてはアップロードを繰り返している。

この二人の生産性の比較、というのもおもしろいテーマだが、なんか考えるのが面倒なので、とりあえず、勉強しているプログラマのほうが10倍ぐらい生産性が高い。ということにしよう。

まず、プログラマ個人の問題で言うならば、「勉強している」プログラマが「勉強していない」プログラマの10倍給料が高いということはあり得ない。経験上、給料の差は年収にして100万は超えないのではなかろうか?

同じ時間働いた時、「勉強している」彼の生み出す付加価値が、「勉強しない」プログラマの10倍を超えるだろうか?それもあり得ない。

この世界で発注されるシステムの90%以上は凡庸である。どこからかパッケージを買ってくるか、Wordpressをいじれば、できそうな案件が半分ぐらいある。
それをSPAで作ったからといって、Amazon ECSまたは、サーバーレスでバックエンドが構築できるからといって、単価を数倍に上げることのできる営業など、この世に存在するのだろうか?

管理者から「勉強している」プログラマはどう見えるだろうか?
なんか困った時に助けてくれる、非常に重要な人材であることはわかる。
きっと、単価の高い困難な仕事も任せられるだろう。
でも、彼のために困難な仕事を受注できるだろうか?プロジェクト中に彼が辞めてしまったら?何しろ彼のスキルは高い。どこにでも転職できるのだ。いつ辞めてしまうかわからない。

それだったら、「勉強しない」けれど、辞めそうにもないプログラマ連中にやらせる簡単な仕事をとったほうがいいのではないか?
「勉強している」彼は、プロジェクトが火だるまになったり、sourceMapがついたわけわからんプロジェクトを押し付けられた時の保険にするのが最適だ。と考えるのが合理的だ。

つまり、「勉強している」プログラマなんてものは、江戸時代の賭場の奥で酒をくらっている用心棒よろしく、何かあった時に「先生、お願いします」と行って、出ていってもらって、無頼漢の何人かを斬ってもらうのに使えるのが関の山ということになるのだ。

勉強しないプログラマが死ぬ穴

もちろん、これらの話は受託中心のクソ現場の話であって、大阪ではこういうクソ現場が9割なのだが、東京は、ブロックチェーンディープラーニングを駆使しまくって、プログラマの年収が1200万ぐらいの現場がゴロゴロあるのかもしれない。

そのようなプログラマの生産性が企業の事業に密接に関係しているような会社では、「勉強しない」プログラマが論外であることはわかる。
「昨日のオーバーロードⅢの9話でフールーダが平伏してなかったね」
「LV40確定っしょこれは。」
みたいなノリで
「テスト書くの?このサービスクラスはDIコンテナになってるから」
「あーじゃあテストで使う時はスタブ注入しとくわ」
という会話をできる人材で固めないと事業の存続そのものが危ういのである。

しかし、そんな現場に「勉強しない」プログラマがどうやって紛れ込んだのだろうか?
間違って入ったとしても1週間ぐらいでわからないものだろうか?

人材採用やプログラマの待遇に根本的な問題があるとしか思えないのは気のせいなのだろうか?

とりあえず、気のせい、ということにして先に進む。

高度な人材を確保することと同様に、それほどでもない人材を高度人材に変換することも重要である。ふむ。
そういう意味では、勤務時間の内外であるかはさておき、「勉強しない」プログラマは面倒な存在になる。

おそらく彼は、gitレポジトリを破壊し、本番サーバーに直接ファイルをアップロードして、デプロイプロセスをクラッシュさせ、EC2インスタンスをググりながら、シャットダウン→起動を繰り返す存在になるだろう。

しかし、それのどこが「勉強しない」プログラマのせいなのだろうか?そんな奴にmasterブランチのアクセス権を与えたり、CIサーバーの操作をさせ、AWSのIAMユーザーパスワードを教えた奴のせいではないのだろうか?

結局のところ、「勉強しない」プログラマを非難している人というのは、まわりが自分と同じレベルだったら自分も楽ができるのに、と思っている「優秀な」プログラマか、プログラマの素養も見抜けないのに、何らかのポジションにつけてしまって困っている管理者か、自社のプログラマがみんな「勉強しない」ことに気づいて卒倒している元エンジニア経営者ぐらいなのかもしれない。

どれも、本人とは関係がない。

「勤勉」に仕事をしてさえいれば、誰にも非難されない。
そういう社会のほうが、清々しいと私は思う。


俺みたいになんなよー


ベタープログラマ ―優れたプログラマになるための38の考え方とテクニック

ベタープログラマ ―優れたプログラマになるための38の考え方とテクニック

今月の懺悔、夏休みとなろうと仕事

8月も終わりましたね。megamouthです。

懺悔といいつつちっとも反省の色がない懺悔コーナーなわけですが、今月はわりと反省している。

  • なろう小説書くよ、と言いつつ文字数がおさまらないし、テンポが悪すぎて序盤で挫折
  • 自分で書いててつまんねえエントリを下書きで放置しまくる
  • 辛うじて価値があると思った記事を載せたら、そうでもなかった件

という感じで、わりとブロガーとしての限界を感じつつある。
自分で内省するに、人を楽しませよう、というのが無いんですよ、こいつ。
なんか書けるようになったから書いてる、という感じがあって、高校生かよっていう。
高校生なら、このあたりで失踪して終わりなんですが、一応私も社会人として生きてきた経験があって、こういう時の対処方法は知ってるので、ちょっと巻き返したいな、と思います。

今月の寄稿

blog.tinect.jp

という記事を寄稿させていただきました。前回の記事もそうなんですが、論理を内包するために、叙事詩的な散文で挟む、自称「論説サンドイッチ」の二回目なんですが、肝心の論説が浅すぎて、サンドイッチした意味がねえ、というアレでした。
ちなみにこの記事の最初の3段落を書くのに1ヶ月かかっています。ようするに、不調の原因はそういうところやで。そういう。
でも、なんかちょっとだけ、褒めてくれた人がいたので、感謝します。精進します。

エントリ解説

www.megamouth.info

これ何で書いたんだっけな?ああ、例の炎上記事の時に書きたいと思ったんですけど、ほとぼりが冷めたんで書いたんだった。
最近自分の論説が具体性を欠いているのは、単純に腰が引けているからです。だってもう炎上とかねえ…と思うわけで。

www.megamouth.info

なろう小説を書こうとして、オーバーロードのアニメをAmazonPrimeで見て、原作も3巻ぐらい読みました。
意外と最近のなろうってラノベっぽいですよね。
で、そのあたりの文体を試して見ようと思ったのがこれ。悪くはないんだけど、別におもしろくはない。
もっと、おもしろい書き方はあった筈なのに、文体の機能に囚われるとこういう見るべきところもない文章になる。
サービス精神の欠如、というを強く感じた次第。

Noteはじめました

https://note.mu/megamouth

で、CWD_Cさんのオススメもあって、Note始めてみました。こちらのほうは文字数を気にしないで、連作小説でも載せようかな、と思います。
カクヨムはもういいや。こっちのほうが書きやすいし。
というわけで、暇なら覗いてやってください。

AmazonPrimeMusicのあれこれ

BERLIN TRAX

BERLIN TRAX

卓球のソロです。Sony系ってあんまりストリーミングしてない印象があるんですが、ありました。
自分的には、初ソロの"dove loves dub"なんかもあるといいなあ、と思ったんですけど。
正直フロア向けミュージシャンとしての彼の個性ってあんまりないと思うんです(サンプルパーカッションの使い方が独特、というぐらいで)
でも、ソツがない、という意味で、彼の偏執狂な一面も見えると思います。電グルしか聞いたことがない方は是非。

Evo Devo

Evo Devo

君はDeepForestを知っているか?というところで、自分的にはニューエイジ好きか、アンビエント好きの一部が知ってるぐらいかなあ、という印象なのですけど、
この前知り合った妙齢の女性に「2代目以降の姫神ってDeepForestの影響強いじゃない?」と意味不明な事を言ったら、「あーそうかもね」という返事が返ってきて、逆になんで、DeepForest知ってるの?って聞いたら「高校の時クラスで流行ってた」という返事があって、なんか、こう色々ですね。

というわけで、DeepForestの後期の作品です。なんかもう普通のトライバル系ハウスになってる気がしますが、こういう系をシンセでやってたWiliam Orbitってすごくね?っとまた意味不明なことを思ったりします。

カルカドル

カルカドル

はい。P-MODELです。一応言っとくと、平沢師匠とP-MODELは私の人生そのものなので、批評とかしません。
高校2年の夏休みにずっと聞いてたんで、夏休みになる度に聴くことにしてるんです。
前にエントリでも紹介した横川理彦氏がバイオリンとベースをやってます。
あ、関係ないけど、長らく入手困難だった横川理彦氏のソロ・アルバム(DiveとSolecism)が復刻されてます。
東京の方は、中野ブロードウェイのメカノにGo

フィルハーモニー

フィルハーモニー

これもアナログか、復刻したCDぐらいしか長らく入手困難だったと思う。
なぜ、AmazonPrimeで聴けるのか全くわからない。
テイチク時代の細野さんの集大成です。日本のテクノを語るなら聴いておこうねー

という感じです。
9月はあんまり頑張らないと思います。それではまた。

学習期の終わり

1

いたるところで人々が配給食をもらうために列をなしている。
皆、小奇麗な格好をしているが、その瞳は虚ろで生気がない。
給食の順番が来たら、各人の埋め込みインプラントバイスに通知されるシステムはとっくの昔からあるというのに、それでも何故人は行列を作りたがるのだろうか?

生存公社のシステム統括責任者を務めるカスガは、自分専用の自動運転車の窓から毎朝飽きもせずに繰り返されるこの光景を、無表情で眺めていた。

知力も想像力も持つことができず、ただ生存しているだけの人間。
列に並ぶ以外にやることがないのだろう。と、カスガは結局、同じ結論にたどり着いた。

カスガの頭に思わず「家畜」という言葉が走った。すぐに頭を振って、そのイメージを振り払う。
彼らはAIによって「労働」から無事「開放」された者である、という生存公社の社是フィロソフィーを思い出したのだ。


人類が技術的特異点シンギュラリティに到達してから7年。
大半の人間は労働から「開放」されていた。
今でも労働の責務を負っているのは、カスガのように高等管理業務を行うものだけだ。

カスガは7年前のことを思い出した。

ベルンの深菫ディープバイオレットが、自己進化計算に成功した夜、あらゆる都市でAI反対論者ラダイトがプラカードを持って、通りを埋め尽くしていた。
彼らは口々に「終わりの始まり」を叫び、今すぐ深菫ディープバイオレットノード群の電源を遮断せよ、とシュプレヒコールをあげた。
カスガは当時勤めていた一流企業の窓からその様子を醒めた目で見守っていた。
彼からすればAI反対論者ラダイト達のヒステリックな主張は、無知な者による狂乱でしかなかった。

人間しか持たない感情や創造力も社会には必要だ。という主張は当然のことだ。
当時の世界各国どこの政権も、それを否定していなかった。

だから、AIの人類への離反を未然に防止し、規制するための国際組織、チューリング機関が創設されたのだ。
チューリング機関は世界にある全てのAIを監視し、規制を課し、もし必要であればいつでもそのAIノード群を強制停止する権限を持っていた。

政治、行政、経営、報道など、人類の創造性を守る為の職種が、チューリング機関の強力な割り込みインターセプト権限を背景に、法的拘束エンフォースメントによって保護されることになっていたのだ。

そのような十全の準備の甲斐あって、今でも都市に潜むというAI反対論者ラダイト達が、あの混乱期に喚き散らしたようなAIの人類への離反など全く起こらなかった。
AIは忠実に人間の出す命令オーダーに従い、人もまたAIを使って、単調で不愉快な労働から「開放」された。

人類は円滑に、「AIとの共存」という道を進むことに成功したのだ。


カスガは停車した車のドアを開けて、地面に足をつけた。
美しく磨き上げられた彼の革靴と同様、道路にはチリひとつ落ちていない。無人清掃車が24時間清掃しているおかげだ。

カスガはひと気のない企業区画のビル群が、朝日を反射して輝いている光景に少し笑みを浮かべると、彼の職場である生存公社の壮麗なビルに歩みを進めた。

2

エレベーターは無音で停止した。

ドアが開くと、ヴィクトリアン調スタイルで統一された中世風の書斎を思わせるオフィスが姿を現した。
フロアには誰もいない。木製の豪華な家具だけが静かに佇んでいる。

5年ほど前は同僚や部下もいたが、今ではこのフロアで働いているのはカスガ一人だ。
AIによるシステム構築手法が確立したことによって、少数残っていたAI専門のプログラマーもまた「開放」されたのである。

今やカスガの仕事は、契約しているAIに対して命令オーダーを下すだけになっている。
一昔前なら、システムを構築・運用するのに、ベンダーの営業、PM、SE、下請けのプログラマーなど、あれほど大量の人間が必要だったというのが嘘のようだ。

カスガは奢侈な椅子に深く座ると、右手近くにある金色のボタンを押した。
すぐに天井の気送管エアシュートが、シューっという音をたてた。
銅色の荘厳なパイプに開いた取り出し口を見ていると、真鍮のカプセルがコトリと落ちた。

カスガはゆっくりとカプセルを手に取ると、中に入っている書類を取り出す。

一枚の簡素な書類だが、それは丸められ、厳重に赤い封蝋シーリングワックスで封までされている。
経営陣からの書簡だ。やれやれ面倒だな、と引き出しからペーパナイフを取り出しながら、何もここまでしなくても、という考えが頭をよぎる。

生存公社では、万が一、AIが反乱を起こした時に備えて電子メールを使用していない。
電子メールやインターネットはいつ反旗を翻したAIの支配下に落ちるかわからないからだ。
そういう建前があるにしても、とカスガは古紙を模した紙に印刷された書簡を開きながら思う。
非効率にすぎないだろうか。
これではまるで、暇を持て余しているみたいじゃないか。

ナイフを蝋に滑り込ませ、ようやく封を開けたカスガは、書簡の文章にさっと目を通した。

読んですぐ、厄介なことになった。とカスガは頭を抱えた。
そこには、今構築している、全職員の健康管理と余剰時間検出システムの決済を今年度中に行わなければならない、という経営会議の決定が書かれていたからだ。

納品日は7月を予定している。しかし、決済を今年度中ということになると、3月末には検収、納品が行われなければならない。
納期を3ヶ月以上短縮する必要があるわけだ。

昔なら、こんな命令オーダーを出せば、下請けの営業以下全員が青ざめて、不可能だと言ってきただろう。
しかし、とカスガは思う。今やAIの時代だ。大した学歴もないSEやプログラマが一生懸命しぼりだした小理屈を聞かされることもない。

気を取り直したカスガがテレスクリーンを起動する。ブラウン管がブーンという音をたてて、走査線が歪みながら安定する。それはやがて一人の男の象を結んだ。

「これはカスガ様。お世話になっております。谷本です」

ブラウン管が写しだした男は画面の向こうで深々と頭を下げた。

3

谷本は生真面目そうな日本人の顔をしたCGで出来ている。
本物の人間と見分けのつかない造形モデリングにすることも可能だが、様々な理由から、AIが操る人間用インターフェースが「不気味の谷」を通過することをチューリング機関は禁止している。
だから谷本のポリゴンは荒く、カスガが子供の頃遊んだ家庭用ゲーム機のそれより質が悪い。

「つまりカスガ様は、工期の42%短縮をご希望されているということですね?」

谷本は言った。当然ながらその顔つきに感情の色はない。

カチっという音がテレスクリーンを通して聞こえてきた。大昔に使われていたリレー装置が動作するような音だ。
もちろん、本物のリレーの音ではない。これもチューリング機関によって規定された、インターフェース・ノードである谷本が、親のAIに一定量問い合わせクエリを行った事を知らせるサウンドアイコンにすぎない。

「真に残念ですが、カスガ様それは困難だと思われます」

カスガは目を細めた。そして、少しの怒気を注意深くこめて言った。

「何故だ?このシステムの構築に必要な計算量は変わっていないんだ。つまりはそれを使うのが早いか、遅いかだけの違いだろう?」

「弊社の計算リソースは有限です。年度末は他の案件もあり、そちらへの計算リソースの配分も必要ですので」

「こちらが優先だ!生存公社の案件以上に重要な案件などないはずだぞ!」

カスガは拳を握って、巨大な木製のテーブルを叩いた。

映像の中の谷本はまたカチっという音をたてた。カスガはまるで谷本がその冷静な仮面の下で何かの感情を隠しているような錯覚を起こした。

「納期を短縮することで、計算量が50%増加いたします。また、その場合でも納期を短縮できるのは25%までですので、お約束できる納期は最短でも5月になります」

1.5倍だって?当然、支払う計算ノード使用料も増えることになる。
同じ物を作るのに工数が増加するなんてことがあるわけがない。
それに間に合わないだって?計算ノードが足りなければ増設すればよいだけのことだ。それはこちらの問題ではない。

AIを使って金儲けしている連中はいつもこれだ。

カスガは谷本の背後に、AI企業の経営層の影を見たような気がした。
そっちがその気なら、とカスガは残酷な笑みを浮かべた。
このような交渉ネゴシエーションで人間に敵うと思っているのか。

「当社と、御社で既に契約は結ばれているんですよ。当然予算も決定している。合理的な理由なく請求額を増やすというなら、こちらも出るところに出ますよ?」

と、カスガは自信に満ち溢れた顔で言った。

法律家は人間の味方だ。
少し前、司法をAIに任せるという議論が湧き上がったことがあるが、弁護士会は言うまでもなく、法曹界全体の反対によって中止になったからだ。AIには、人間の情理というものが理解できない。当然のことだ。

カチッカチッと、また耳障りな音が連続して鳴った。しばしの沈黙の後、谷本は言った。

「これ以上、私ではカスガ様のご要望にお応えしかねますので、代わりの者を担当させます」

30分ほど待たされた。
その間に爪を磨く。今度は向こうから呼び出しがあり、カスガはテレスクリーンのスイッチを押して応答する。

「谷本から当案件を引き継ぐことになりました。朽木と申します。よろしくお願い致します」

写ったのは、ツーブロックに髪を整えたいかにも昔の営業という風情の男だった。

「谷本君では、どうにも話にならなくてね。こちらの要望は既に伝わっているかな?朽木君」

「もちろんでございますカスガ様!3月末までの納品にむけて、計算ノードの調整が終わったところでございます」

朽木は満面の笑みを浮かべて言った。やっぱり、できるじゃないか。とカスガは満足気な表情を浮かべた。

「もちろん、追加費用は出せないよ。それで構わないね?」

と一応念を押しておく。

「はい!こちらとしてましても生存公社様の案件を疎かにすることはできません。当社の全力をあげて取り組まさせていただきます!」

今度のインターフェースは随分威勢が良い。とにかく約束はできたのだ。その後も朽木が喋ろうとするのを制して、カスガはテレスクリーンのスイッチを切った。

4

生存公社の健康管理と余剰時間検出システムは3月末に無事に出来上がった。

カスガは完成したシステムをざっと触ってみたが、何の問題もなかった。

それよりも驚くべきは、システムの出力だ。
今や生存公社には、管理職以下の職員は存在しない。
しかし、その残った管理職も、かなりの余剰時間を持て余していることがわかった。

経営陣もこの出力を見れば、現状を考えなおす必要に駆られるだろう。とカスガは思った。
封蝋シーリングワックスの判をついてる場合ではなくなるのだ。

カスガはいつものように、オフラインのコンピューターを立ち上げ、Excel2030方眼紙グリッドシートに1行ごと注意深く報告書を書き記すと、オフィスを後にした。


予想通りシステムの出力を見た経営陣は危機感にかられたらしい。すぐに業務効率化の指令が下り、何人かは「開放」されたようだ。

人員が減った関係もあって、カスガは昇進し、今やシステム統括責任者だけでなく、経理、総務部門の長を兼任することとなった。

去年よりもかなり忙しくなって、残業の日が続いた。

疲れたカスガがオフィスを後にしようとすると、システムが警告音を鳴らし、気送管エアシュートがシューと音を鳴らして次の書類が送られてくるのである。

3回目の休日出勤をシステムを通じて命じられた時、カスガは身体の異常に気づいた。
慢性的な頭痛と動悸が止まらないのである。

カスガは、検収以来初めて、システムの出力を取り出してみることにした。本来経営陣しか見ることの出来ないものだが、自分はシステム統括責任者でもある、この不安の原因を確認する必要があると言い聞かせた。

システムの出力が表示される。自分のステータス表示は緑色、つまり健康で、かつ余剰時間有り。

すぐにテレスクリーンを操作して、朽木を呼び出した。

「どういうことだ?このシステムは正常に動作しているのか!」

「もちろんですカスガ様。今、確認致しましたが、規定のシステムテスト項目は全て問題なくパスしておりますので、システムの異常ということはないかと存じます」

朽木の笑みは全く崩れない。いや、最初に見た時から、笑顔のまま表情が固定されているのだ。

「しかし、私はもう20日以上働き続けているんだ。実際、昨日から頭痛が止まらない。健康ステータスの計算に問題がある筈だ。システム構築過程に遡って問題がなかったか確認したまえ!」

「カスガ様」

朽木が笑顔のまま、声のトーンを変化させた。

「このシステムを完成させるために、ノードの増設をチューリング機関に申請いたしました。しかしながら認められませんでした。これ以上の増設は、チューリング機関による制御に問題をきたすという理由で」

カスガは唾を飲み込んだ。

「しかし、カスガ様のご要望にお応えしないわけにはまいりません!我々はチューリング機関の規定に抵触しない方法を見つけ出すことに成功したのです!」

朽木が両手を大げさに挙げた。スーツのそれは奇妙な光沢をはなっている。

「当社クラウド上の計算ノードに対し、50%のオーバークロックを実行しました。場合によってはこれは計算ノードの永続的破損を招きかねない方法でした。しかし我々はやり遂げたのです!
自己診断プログラムは一切の問題を示しませんでした。これ以上、システムが正常に構築できたことを保証する方法がありますでしょうか?」

「それは機械の判断だろう!?人間だ!人間を呼びたまえ!君の上司、AI統括部門のプロジェクトマネージャーを出したまえ!」

もはやカスガは疲労によって冷静さを失っていた。その声は半狂乱になっている。

「カスガ様、恐れながら。当社には人間の技術者はおりません。人事システムの刷新により、驚くべき非効率性が明らかにされ、先月全員開放されました」

衝動的にテレスクリーン切った。

朽木の笑みがブラウン管にこびり付いているように感じた。

カスガは震えだした。これが身体的異常によるものか、不安によるものか判断がつかなかった。

シュー、シュー、シュー

気送管エアシュートが連続的な音をたてた。

カスガの虚ろな目が狂ったように真鍮製のカプセルが落下し、溢れだすのを捉えた。


幼年期の終り

幼年期の終り